まだ名前のない距離 11
放課後の空は、
朝より少しだけ明るかった。
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教室のざわめきが、
ゆっくりと薄れていく。
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レンは机の上を片付けながら、
特に理由もなく窓の外を見た。
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「今日さ」
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背後から声。
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ユイだった。
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「一緒に帰る?」
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それは、昨日までなら
わざわざ言葉にしない距離だった。
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レンは一瞬だけ動きを止める。
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「……別にいいけど」
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いつもの調子で返したつもりだった。
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でも、少しだけ遅れた。
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廊下を並んで歩く。
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窓から入る風が、
まだ春の名残を残している。
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「ねえ」
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ユイが前を向いたまま言う。
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「昨日からさ」
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そこで一度、間が空く。
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レンは横目で見る。
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ユイの言葉は、
いつも少しだけ遅れて落ちてくる。
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「……ちょっとだけ、変だよね」
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「何が」
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レンは短く返す。
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ユイは少し笑って、
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「全部」
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それだけ言った。
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駅までの道は、
いつもと同じはずなのに。
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やけに長く感じる。
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人通り、信号、風の音。
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その全部の間に、
昨日の続きが混ざっている気がした。
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信号待ち。
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ユイがふと、足を止める。
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「レンってさ」
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「ん?」
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「意外と、逃げないよね」
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レンは眉を少し動かす。
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「何からだよ」
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「わかんないけど」
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ユイは前を見たまま続ける。
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「でも、ちゃんとそこにいる感じ」
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その言葉に、
レンはすぐ返せなかった。
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信号が青に変わる。
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人が流れ出す。
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二人も、その中に紛れる。
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駅の入口が見えたとき、
ユイが少しだけ歩幅を緩めた。
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「じゃあさ」
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レンを見る。
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「また明日も、ちゃんと来てね」
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冗談みたいな言い方なのに、
冗談には聞こえなかった。
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レンは一瞬だけ目を逸らして、
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「……行くに決まってんだろ」
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そう返す。
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ユイは満足そうに小さく頷く。
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改札の前で、立ち止まる。
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別れる場所。
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でも今日は、
それが少しだけ遅い。
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「ねえ」
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ユイが最後にもう一度だけ呼ぶ。
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「この距離さ」
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一拍。
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「まだ、なくならないでほしいね」
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レンは答えない。
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ただ、少しだけ視線を上げて。
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「……知らね」
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そう言って背を向ける。
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でも歩き出す直前、
ほんの一瞬だけ立ち止まった。
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その一瞬が何を意味するのかは、
まだ誰にも名前がつけられないままだった。




