表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/48

まだ名前のない距離 10

次の日の朝は、

いつもより少しだけ静かだった。



目覚ましの音が、

やけに遠く感じる。




レンは天井を見上げたまま、

しばらく動かなかった。




「……昨日のせいだろ」



誰に言うでもなく呟く。




あの手の温度が、

まだ少し残っている気がした。





駅までの集合時間は、

いつもと同じ。



なのに、

向かう足取りは少しだけ早い。




ホームの手前。



人の流れの中に、

見覚えのある影があった。




「おはよ」



ユイが先に気づく。




「おう」



レンは短く返す。




それだけなのに、

少しだけ間が空く。




昨日の続きみたいな空気が、

そこにそのまま残っていた。




「なんかさ」



ユイが歩き出しながら言う。




「ん?」




「今日も、変な感じする」




レンは一瞬だけ黙ってから、



「慣れろよ」




そう言った。




ユイは小さく笑う。



「無理かも」





電車の中。



いつもより少しだけ、

距離が近い。




昨日までは気にならなかったはずの距離が、

今日はやけに意識される。




揺れた瞬間。



肩が軽く触れる。




ユイが一瞬だけ固まる。




レンは気づかないふりをした。




でも——



自分の耳が少し熱くなるのは、

隠しきれなかった。





「ねえ」



ユイが小さく呼ぶ。




「なんだよ」




「昨日さ」




そこで一度止まる。




視線が合わないまま、

言葉だけが続く。




「……また、明日って言ったの、

 ちょっと嬉しかった」





レンはすぐに返せなかった。




電車の音が、

やけに大きく聞こえる。




「……そっか」



ようやく、それだけ。




ユイはそれ以上何も言わない。




でも、

少しだけ口元が緩んでいた。





駅に着く。



いつものように改札へ向かう。




別れの場所が近づくたびに、

空気が少しだけ変わる。




「じゃあな」



レンが先に言う。




「うん、また」



ユイが頷く。




でも今日は、

すぐには離れなかった。




一歩だけ、

ユイが近づく。




「明日もね」




小さな声。




レンは一瞬だけ目を見開いて、



「……おう」




それだけ言った。





改札を抜けるユイの背中を見ながら、

レンは思う。




昨日よりも、

確かに近い。




でもまだ名前はない。




ただ——



この距離が続いてほしいと、

少しだけ思ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ