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まだ名前のない距離 9

駅までの道は、

思ったよりもあっという間だった。



手を繋いだまま、

二人ともほとんど喋らない。



けれど不思議と、

沈黙は重くなかった。



むしろ——



繋がっている手の温度だけで、

十分すぎるくらいだった。




信号待ち。



赤に変わった瞬間、

二人は同時に立ち止まる。



その拍子に、

軽く肩が触れた。




「……近い」



ユイがぼそっと呟く。



「さっきからずっとな」



「わざとじゃないし」



「俺も」




ちらっと視線が合う。



すぐに逸らす。



でもまた、

気になって見てしまう。




「……なんかさ」



ユイが小さく言う。



「ん?」



「さっきからずっと、

 変な感じ」




レンは少しだけ考えて、

苦笑した。



「まあな」



「レンも?」



「当たり前だろ」




ユイが少しだけ安心したように、

息を吐く。



「よかった」




信号が青に変わる。



人の流れに紛れて、

二人も歩き出す。




それでも、

繋いだ手だけは離れない。




改札が見えてきた。



人の数が一気に増える。



少しだけ、

現実に引き戻される感じ。




「ここでさ」



ユイが立ち止まる。



「うん」



「私、こっちだから」




反対方向のホーム。



いつもの別れ方。



でも今日は——



少し違う。




繋いでいた手が、

ゆっくり離れる。



その瞬間、

妙に寂しくなる。




「……あのさ」



レンが呼び止める。



ユイが振り返る。




「明日も、

 一緒に帰るか」




ほんの一瞬の間。



それからユイは、

ぱっと笑った。



「うん」




その返事は、

驚くくらい迷いがなかった。




「じゃあまた明日」



「おう、また明日」




ユイが改札を抜けていく。



何度も振り返る。



そのたびに、

小さく手を振る。




レンも、

ぎこちなく手を上げる。




やがて姿が見えなくなって。



人の波だけが残る。




レンはその場で、

少しだけ立ち尽くした。




「……マジか」




ぽつりと呟く。



さっきまでの出来事が、

ゆっくり実感に変わっていく。




ポケットに手を入れる。



けれど、

もう片方の手は——



まだ温もりを覚えていた。




「……やばいな」




思わず笑う。




帰り道は一人なのに、



さっきまでよりも、

少しだけ世界が明るく見えた。




名前のついた距離は、



まだぎこちなくて、



少し照れくさくて、



でも確かに——



昨日までの自分とは、

違う場所へ連れていこうとしていた。

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