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23/85

まだ名前のない距離 8(続き)

公園の時計が、

午後五時を知らせる。


◇


カン、カン——


◇


ゆっくり響く音が、

やけに遠かった。


◇


二人の間には、

まだ肩が触れたままの熱だけが残っている。


◇


レンは前を向いたまま、

小さく息を吐いた。


◇


「……なんか、現実感ねえ」


◇


「私も」


◇


ユイが苦笑する。


◇


でもその声は、

少し弾んでいた。


◇


◇


沈黙。


◇


けれど、

さっきまでとは違う。


◇


気まずいわけじゃない。


◇


むしろ——


◇


落ち着かないくらい、

満たされていた。


◇


◇


ユイがふと、

足元を見ながら呟く。


◇


「ねえレン」


◇


「ん?」


◇


「これってさ」


◇


「うん」


◇


「……付き合う、ってことでいいの?」


◇


◇


レンの思考が止まる。


◇


真正面から来た。


◇


しかも、

めちゃくちゃ自然に。


◇


◇


「いやその……」


◇


「なにその反応」


◇


「待て、心の準備が」


◇


「遅い」


◇


ユイが笑う。


◇


その笑顔が、

いつもより近い。


◇


◇


レンは観念したみたいに、

空を見上げた。


◇


「……まあ、そうなんじゃねえの」


◇


「曖昧」


◇


「だって慣れてねえんだよ」


◇


「私も慣れてないし」


◇


「じゃあおあいこ」


◇


「そうかも」


◇


◇


ユイがまた、

小さく笑う。


◇


そのあと。


◇


少しだけ遠慮がちに、

レンの袖をつまんだ。


◇


◇


「……嬉しい」


◇


その一言が、

反則みたいに胸へ刺さる。


◇


◇


レンは視線を逸らしながら、

ぼそっと返した。


◇


「俺も」


◇


◇


風が吹く。


◇


夕方の匂い。


◇


遊んでいた子供たちも、

少しずつ帰り始めていた。


◇


◇


なのに二人だけ、

まだベンチから動けない。


◇


◇


ユイが不意に、

くすっと笑う。


◇


「レン、顔赤い」


◇


「お前もな」


◇


「私はいいの」


◇


「なんでだよ」


◇


「女の子特権」


◇


「ずる」


◇


「ふふ」


◇


◇


その笑い声を聞きながら、

レンは思う。


◇


多分これから、

前みたいには戻れない。


◇


でも——


◇


それが嫌じゃない。


◇


むしろ、


◇


少し楽しみですらあった。


◇


◇


ユイが立ち上がる。


◇


「帰ろっか」


◇


「おう」


◇


レンも立ち上がる。


◇


すると自然に、

二人の距離が並ぶ。


◇


◇


前と同じ帰り道。


◇


同じ景色。


◇


同じ夕暮れ。


◇


なのに、


◇


隣にいる相手だけが、

昨日までと違って見えた。


◇


◇


歩き出して数秒後。


◇


ユイの手が、

ほんの少しだけレンの手に触れる。


◇


偶然みたいに。


◇


でも——


◇


離れない。


◇


◇


レンは一瞬だけ驚いて、

それから小さく笑った。


◇


そして今度は、

自分から少しだけ指を重ねる。


◇


◇


ユイが、

照れたみたいに俯く。


◇


「……心臓やばい」


◇


「奇遇だな」


◇


◇


夕焼けに染まる帰り道。


◇


まだ不器用で、


◇


まだ慣れなくて、


◇


でも確かに始まった距離。


◇


二人の間に、

ようやく名前が生まれ始めていた。

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