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まだ名前のない距離 8(続き)

公園の時計が、

午後五時を知らせる。



カン、カン——



ゆっくり響く音が、

やけに遠かった。



二人の間には、

まだ肩が触れたままの熱だけが残っている。



レンは前を向いたまま、

小さく息を吐いた。



「……なんか、現実感ねえ」



「私も」



ユイが苦笑する。



でもその声は、

少し弾んでいた。




沈黙。



けれど、

さっきまでとは違う。



気まずいわけじゃない。



むしろ——



落ち着かないくらい、

満たされていた。




ユイがふと、

足元を見ながら呟く。



「ねえレン」



「ん?」



「これってさ」



「うん」



「……付き合う、ってことでいいの?」




レンの思考が止まる。



真正面から来た。



しかも、

めちゃくちゃ自然に。




「いやその……」



「なにその反応」



「待て、心の準備が」



「遅い」



ユイが笑う。



その笑顔が、

いつもより近い。




レンは観念したみたいに、

空を見上げた。



「……まあ、そうなんじゃねえの」



「曖昧」



「だって慣れてねえんだよ」



「私も慣れてないし」



「じゃあおあいこ」



「そうかも」




ユイがまた、

小さく笑う。



そのあと。



少しだけ遠慮がちに、

レンの袖をつまんだ。




「……嬉しい」



その一言が、

反則みたいに胸へ刺さる。




レンは視線を逸らしながら、

ぼそっと返した。



「俺も」




風が吹く。



夕方の匂い。



遊んでいた子供たちも、

少しずつ帰り始めていた。




なのに二人だけ、

まだベンチから動けない。




ユイが不意に、

くすっと笑う。



「レン、顔赤い」



「お前もな」



「私はいいの」



「なんでだよ」



「女の子特権」



「ずる」



「ふふ」




その笑い声を聞きながら、

レンは思う。



多分これから、

前みたいには戻れない。



でも——



それが嫌じゃない。



むしろ、



少し楽しみですらあった。




ユイが立ち上がる。



「帰ろっか」



「おう」



レンも立ち上がる。



すると自然に、

二人の距離が並ぶ。




前と同じ帰り道。



同じ景色。



同じ夕暮れ。



なのに、



隣にいる相手だけが、

昨日までと違って見えた。




歩き出して数秒後。



ユイの手が、

ほんの少しだけレンの手に触れる。



偶然みたいに。



でも——



離れない。




レンは一瞬だけ驚いて、

それから小さく笑った。



そして今度は、

自分から少しだけ指を重ねる。




ユイが、

照れたみたいに俯く。



「……心臓やばい」



「奇遇だな」




夕焼けに染まる帰り道。



まだ不器用で、



まだ慣れなくて、



でも確かに始まった距離。



二人の間に、

ようやく名前が生まれ始めていた。

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