まだ名前のない距離 8(続き)
公園の空気は、
妙に静かだった。
◇
遠くで、
小学生の笑い声がする。
◇
でも、
このベンチの周りだけ——
◇
時間が止まってるみたいだった。
◇
ユイはまだ、
少し俯いたまま。
◇
レンはそんな横顔を、
まともに見れない。
◇
「……なんか言えよ」
◇
先に耐えきれなくなったのは、
レンだった。
◇
するとユイが、
小さく吹き出す。
◇
「何それ」
◇
「いや、空気が重い」
◇
「自分で重くしたくせに」
◇
「お前が聞いたんだろ……」
◇
反論すると、
◇
ユイは肩を揺らして笑った。
◇
その笑い方に、
少しだけ救われる。
◇
◇
さっきまでの緊張が、
ほんの少しだけほどける。
◇
風がまた吹く。
◇
ユイの髪が、
ふわりと揺れた。
◇
レンは無意識に、
その横顔を見てしまう。
◇
◇
——近い。
◇
昨日よりも。
◇
多分、
今日の朝よりも。
◇
もう、
前みたいには戻れないくらい。
◇
◇
「レン」
◇
「ん?」
◇
ユイは前を向いたまま、
静かに言う。
◇
「私さ」
◇
「うん」
◇
「昨日からずっと考えてた」
◇
その声は、
からかう時とは違う。
◇
まっすぐで、
少しだけ不安そうで。
◇
◇
「もしレンに、“なんとも思ってない”って言われたら——」
◇
そこで一回、
言葉が止まる。
◇
◇
「結構へこむな、って」
◇
◇
レンの呼吸が止まりそうになる。
◇
ユイは苦笑する。
◇
「自分で聞いといて変だけど」
◇
「……」
◇
「でも確認したかった」
◇
小さな声。
◇
それなのに、
胸の奥に真っ直ぐ届く。
◇
◇
レンはゆっくりと、
背もたれに体を預けた。
◇
空を見る。
◇
夕方前の空は、
まだ少し明るい。
◇
◇
「へこんでたのかよ」
◇
ぽつりと呟く。
◇
するとユイが、
少しだけ睨んでくる。
◇
「そりゃへこむでしょ」
◇
「……そういうもん?」
◇
「そういうもん」
◇
即答。
◇
レンは思わず笑ってしまう。
◇
◇
その瞬間。
◇
ユイの肩が、
ほんの少しだけ触れた。
◇
◇
お互い、
避けない。
◇
ただそれだけなのに、
◇
心臓がうるさい。
◇
◇
ユイは前を向いたまま、
小さく呟く。
◇
「……私はさ」
◇
レンの喉が、
無意識に鳴る。
◇
◇
「多分、結構前から好きだったよ」
◇
◇
世界が、
静かになる。
◇
風の音も、
遠くの声も、
◇
全部、
一瞬だけ消えた気がした。
◇
レンは言葉を失う。
◇
ユイは恥ずかしくなったのか、
少しだけ顔を逸らす。
◇
「なんか反応してよ……」
◇
その声が、
珍しく弱い。
◇
◇
レンは数秒遅れて、
やっと息を吐いた。
◇
「……マジか」
◇
「マジ」
◇
「いや、なんか……」
◇
うまく言葉が出ない。
◇
でも、
◇
胸の奥だけは、
はっきりしていた。
◇
◇
嬉しい。
◇
多分、
想像してたよりずっと。
◇
◇
レンは頭を掻きながら、
苦笑する。
◇
「それ聞いたあとで、“分かんねえ”は無理だろ……」
◇
ユイが、
少しだけ目を見開く。
◇
◇
「俺も、多分——」
◇
そこで一回、
言葉を探す。
◇
でも、
探したところで答えは一つだった。
◇
◇
「お前のこと、かなり好きだと思う」
◇
◇
言った瞬間、
顔が熱くなる。
◇
こんなに恥ずかしいのかと、
今さら知る。
◇
◇
ユイは数秒固まって——
◇
それから、
ふにゃっと笑った。
◇
◇
「……なにその告白」
◇
「うるせえ」
◇
「でも嬉しい」
◇
そう言って、
少しだけ肩を寄せてくる。
◇
今度は、
はっきり触れた。
◇
◇
レンはもう、
避けなかった。
◇
◇
まだ名前のない距離。
◇
でもその距離はもう、
◇
“ただの友達”では、
いられない場所まで来ていた。




