まだ名前のない距離 8(続き)
校門を出て、
ユイは迷いなく歩いていく。
◇
レンはその少し後ろ。
◇
「……結構歩くな」
◇
思わず漏らすと、
◇
「文句?」
◇
振り返らずに返ってくる。
◇
「いや、別に」
◇
即答。
◇
そのやり取りに、
ユイが小さく笑う気配。
◇
(絶対楽しんでるだろ……)
◇
レンはため息をつきながらも、
足は止めない。
◇
◇
駅を通り過ぎる。
◇
住宅街に入る。
◇
見慣れない道。
◇
「なあ、ほんとどこ行くんだよ」
◇
少しだけ強めに聞く。
◇
するとユイは、
やっと足を止めた。
◇
ゆっくり振り返る。
◇
その表情は——
◇
どこか、少しだけ真面目で。
◇
「もうちょい」
◇
さっきまでより、
少しだけ柔らかい声。
◇
レンは一瞬だけ、
何も言えなくなる。
◇
「……分かったよ」
◇
それだけ答える。
◇
◇
また歩き出す。
◇
さっきよりも、
距離が少しだけ近い。
◇
意識しているのは、
多分——
◇
お互い様だ。
◇
◇
やがて、
小さな公園が見えてくる。
◇
ブランコと、
古びたベンチ。
◇
夕方前の、
少し静かな時間。
◇
ユイはそのまま中に入り、
ベンチの前で止まった。
◇
「ここ」
◇
短く言う。
◇
レンは周りを見渡す。
◇
「……公園?」
◇
「うん」
◇
それだけ。
◇
理由はまだ、
説明されない。
◇
ユイはベンチに座る。
◇
ぽん、と
隣を軽く叩く。
◇
「座って」
◇
拒否権はない。
◇
レンは少しだけ迷ってから、
その隣に腰を下ろす。
◇
距離は——
◇
昨日より、近い。
◇
肩が触れるか、
触れないか。
◇
沈黙。
◇
風の音だけが、
静かに通り過ぎる。
◇
「……で?」
◇
耐えきれず、
レンが口を開く。
◇
ユイは少しだけ空を見上げてから——
◇
「確認」
◇
ぽつりと言う。
◇
「……は?」
◇
意味が分からない。
◇
ユイはゆっくりと、
視線をレンに戻す。
◇
「昨日さ」
◇
「うん」
◇
「“ちょっと”って言ったじゃん」
◇
ああ、と
レンの中で繋がる。
◇
「……言ったな」
◇
ユイは少しだけ、
息を吸う。
◇
ほんのわずかな緊張。
◇
それが、
やけに伝わってくる。
◇
「その“ちょっと”が——」
◇
一瞬だけ、
言葉が止まる。
◇
◇
「どれくらいか、知りたくて」
◇
◇
静かに落ちたその言葉。
◇
レンは、
何も返せない。
◇
冗談みたいな流れで始まったのに、
◇
今はもう——
◇
逃げ道がない。
◇
ユイは視線を逸らさない。
◇
「ねえ」
◇
少しだけ、
声が近くなる。
◇
「レンはさ」
◇
◇
「私のこと——どう思ってるの?」
◇
◇
風が止まった気がした。
◇
心臓の音だけが、
やけに大きい。
◇
冗談じゃ済まない距離。
◇
曖昧にしてきた関係。
◇
“まだ名前のない”ままの——
◇
その境界線。
◇
レンは、
ゆっくりと息を吐く。
◇
「……それ、今聞くかよ」
◇
かすれた声。
◇
でも、
◇
ユイは少しだけ笑う。
◇
「今だからでしょ」
◇
逃がさない。
◇
そう言ってるみたいに。
◇
◇
レンは視線を落とす。
◇
手を軽く握る。
◇
考える時間なんて、
本当は最初からなかったのかもしれない。
◇
◇
「……分かんねえよ」
◇
正直な言葉。
◇
でも——
◇
それだけじゃ、終わらない。
◇
「でも」
◇
ゆっくりと顔を上げる。
◇
ユイを見る。
◇
「分かんなくなってる時点で——」
◇
少しだけ、
苦笑する。
◇
◇
「普通じゃねえんだろうな、って思う」
◇
◇
一瞬の沈黙。
◇
そして——
◇
ユイの目が、
わずかに揺れる。
◇
「……それ、ずるくない?」
◇
小さく笑いながらも、
◇
どこか安心したような声。
◇
◇
レンは肩をすくめる。
◇
「正直だろ」
◇
◇
ユイは少しだけ下を向いて——
◇
「そっか」
◇
ぽつりと呟く。
◇
◇
その横顔が、
ほんの少しだけ赤いことに、
◇
レンは気づいてしまう。
◇
◇
(あー……もう)
◇
心の中で、
諦めたみたいに笑う。
◇
◇
“ちょっと”なんて、
◇
とっくに越えてる。
◇
◇
まだ名前のない距離。
◇
でも——
◇
その名前は、
◇
もうすぐ、
ついてしまうのかもしれない。




