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まだ名前のない距離 8(続き)

校門を出て、

ユイは迷いなく歩いていく。



レンはその少し後ろ。



「……結構歩くな」



思わず漏らすと、



「文句?」



振り返らずに返ってくる。



「いや、別に」



即答。



そのやり取りに、

ユイが小さく笑う気配。



(絶対楽しんでるだろ……)



レンはため息をつきながらも、

足は止めない。




駅を通り過ぎる。



住宅街に入る。



見慣れない道。



「なあ、ほんとどこ行くんだよ」



少しだけ強めに聞く。



するとユイは、

やっと足を止めた。



ゆっくり振り返る。



その表情は——



どこか、少しだけ真面目で。



「もうちょい」



さっきまでより、

少しだけ柔らかい声。



レンは一瞬だけ、

何も言えなくなる。



「……分かったよ」



それだけ答える。




また歩き出す。



さっきよりも、

距離が少しだけ近い。



意識しているのは、

多分——



お互い様だ。




やがて、

小さな公園が見えてくる。



ブランコと、

古びたベンチ。



夕方前の、

少し静かな時間。



ユイはそのまま中に入り、

ベンチの前で止まった。



「ここ」



短く言う。



レンは周りを見渡す。



「……公園?」



「うん」



それだけ。



理由はまだ、

説明されない。



ユイはベンチに座る。



ぽん、と

隣を軽く叩く。



「座って」



拒否権はない。



レンは少しだけ迷ってから、

その隣に腰を下ろす。



距離は——



昨日より、近い。



肩が触れるか、

触れないか。



沈黙。



風の音だけが、

静かに通り過ぎる。



「……で?」



耐えきれず、

レンが口を開く。



ユイは少しだけ空を見上げてから——



「確認」



ぽつりと言う。



「……は?」



意味が分からない。



ユイはゆっくりと、

視線をレンに戻す。



「昨日さ」



「うん」



「“ちょっと”って言ったじゃん」



ああ、と

レンの中で繋がる。



「……言ったな」



ユイは少しだけ、

息を吸う。



ほんのわずかな緊張。



それが、

やけに伝わってくる。



「その“ちょっと”が——」



一瞬だけ、

言葉が止まる。




「どれくらいか、知りたくて」




静かに落ちたその言葉。



レンは、

何も返せない。



冗談みたいな流れで始まったのに、



今はもう——



逃げ道がない。



ユイは視線を逸らさない。



「ねえ」



少しだけ、

声が近くなる。



「レンはさ」




「私のこと——どう思ってるの?」




風が止まった気がした。



心臓の音だけが、

やけに大きい。



冗談じゃ済まない距離。



曖昧にしてきた関係。



“まだ名前のない”ままの——



その境界線。



レンは、

ゆっくりと息を吐く。



「……それ、今聞くかよ」



かすれた声。



でも、



ユイは少しだけ笑う。



「今だからでしょ」



逃がさない。



そう言ってるみたいに。




レンは視線を落とす。



手を軽く握る。



考える時間なんて、

本当は最初からなかったのかもしれない。




「……分かんねえよ」



正直な言葉。



でも——



それだけじゃ、終わらない。



「でも」



ゆっくりと顔を上げる。



ユイを見る。



「分かんなくなってる時点で——」



少しだけ、

苦笑する。




「普通じゃねえんだろうな、って思う」




一瞬の沈黙。



そして——



ユイの目が、

わずかに揺れる。



「……それ、ずるくない?」



小さく笑いながらも、



どこか安心したような声。




レンは肩をすくめる。



「正直だろ」




ユイは少しだけ下を向いて——



「そっか」



ぽつりと呟く。




その横顔が、

ほんの少しだけ赤いことに、



レンは気づいてしまう。




(あー……もう)



心の中で、

諦めたみたいに笑う。




“ちょっと”なんて、



とっくに越えてる。




まだ名前のない距離。



でも——



その名前は、



もうすぐ、

ついてしまうのかもしれない。

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