まだ名前のない距離 8(続き)
翌朝。
目覚ましより少し早く、
レンは目を開けた。
◇
「……早すぎだろ」
◇
呟きながらも、
二度寝する気にはなれない。
◇
頭のどこかが、
もう“今日”を待っている。
◇
スマホを見る。
まだ、何も来ていない。
◇
(当たり前か)
◇
苦笑して、
ベッドから降りる。
◇
顔を洗いながら、
ふと思い出す。
◇
『楽しみにしといて』
◇
水の冷たさよりも、
その言葉のほうがやけに残る。
◇
「……何なんだよ、ほんと」
◇
でも——
◇
嫌じゃない。
◇
◇
登校。
◇
いつもと同じ道。
いつもと同じ景色。
◇
なのに今日は、
少しだけ色が違って見える。
◇
(意識しすぎだろ……)
◇
自分で自分にツッコミを入れる。
◇
校門が見えてくる。
◇
その瞬間——
◇
いた。
◇
ユイが、
門の少し手前に立っている。
◇
「……は?」
思わず足が止まる。
◇
まだ朝だ。
約束は“放課後”のはず。
◇
なのに——
◇
ユイはこっちに気づくと、
軽く手を振った。
◇
「おはよ」
◇
まるで、
いつもみたいな声。
◇
でも——
◇
その“いつも”が、
どこか違う。
◇
「……おはよ」
レンも返す。
◇
少しだけ、
間ができる。
◇
「早くない?」
◇
レンが言うと、
ユイは少しだけ笑う。
◇
「たまたま」
◇
絶対嘘だろ、と思う。
◇
でも、
それを指摘するほどの勇気はない。
◇
二人で並んで歩き出す。
◇
距離は、
昨日と同じくらい。
◇
でも——
◇
その間にある空気は、
確実に変わっている。
◇
「今日さ」
ユイがぽつりと口を開く。
◇
「うん?」
◇
「ちゃんと時間、空けといてよ?」
◇
軽い調子。
◇
だけど、
逃げ場のない言い方。
◇
レンは少しだけ視線を逸らす。
◇
「……空けてるって」
◇
それだけ言うのが、
やっとだった。
◇
ユイは満足そうに、
小さく頷く。
◇
「よし」
◇
それ以上は、
何も言わない。
◇
でも——
◇
その一言で、
十分だった。
◇
(“ちょっと”じゃねえだろ、これ)
◇
心の中でツッコむ。
◇
◇
教室。
◇
席に座る。
◇
いつも通りの時間が始まる。
◇
先生の声。
ノートを取る音。
◇
全部、同じはずなのに——
◇
集中できない。
◇
(長い……)
◇
時計を見る回数が、
明らかに増えている。
◇
ふと、
横を見る。
◇
ユイは普通に授業を受けている。
◇
いつも通り。
◇
……いや。
◇
ほんの少しだけ、
楽しそうに見える。
◇
目が合う。
◇
一瞬だけ。
◇
ユイが、
わずかに口角を上げる。
◇
レンはすぐに目を逸らす。
◇
(やめろって……)
◇
心臓が、
またうるさくなる。
◇
◇
そして——
◇
放課後。
◇
チャイムが鳴る。
◇
その音が、
やけに大きく聞こえた。
◇
「じゃあ」
◇
ユイが立ち上がる。
◇
レンを見る。
◇
「行こ」
◇
短くて、
逃げ道のない一言。
◇
レンも立ち上がる。
◇
「……どこだよ」
◇
聞くと、
ユイは少しだけ振り返って——
◇
「秘密」
◇
昨日と同じ答え。
◇
でも今日は——
◇
その先がある。
◇
「ついてきて」
◇
そう言って、
歩き出す。
◇
レンは一瞬だけ立ち止まる。
◇
でも——
◇
すぐに、
その背中を追いかけた。
◇
まだ名前のない距離。
◇
その“ちょっと”の先に、
何があるのか——
◇
二人は、
もうすぐ知ることになる。




