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20/85

まだ名前のない距離 8(続き)

翌朝。


目覚ましより少し早く、

レンは目を開けた。


◇


「……早すぎだろ」


◇


呟きながらも、

二度寝する気にはなれない。


◇


頭のどこかが、

もう“今日”を待っている。


◇


スマホを見る。


まだ、何も来ていない。


◇


(当たり前か)


◇


苦笑して、

ベッドから降りる。


◇


顔を洗いながら、

ふと思い出す。


◇


『楽しみにしといて』


◇


水の冷たさよりも、

その言葉のほうがやけに残る。


◇


「……何なんだよ、ほんと」


◇


でも——


◇


嫌じゃない。


◇


◇


登校。


◇


いつもと同じ道。


いつもと同じ景色。


◇


なのに今日は、

少しだけ色が違って見える。


◇


(意識しすぎだろ……)


◇


自分で自分にツッコミを入れる。


◇


校門が見えてくる。


◇


その瞬間——


◇


いた。


◇


ユイが、

門の少し手前に立っている。


◇


「……は?」


思わず足が止まる。


◇


まだ朝だ。


約束は“放課後”のはず。


◇


なのに——


◇


ユイはこっちに気づくと、

軽く手を振った。


◇


「おはよ」


◇


まるで、

いつもみたいな声。


◇


でも——


◇


その“いつも”が、

どこか違う。


◇


「……おはよ」


レンも返す。


◇


少しだけ、

間ができる。


◇


「早くない?」


◇


レンが言うと、

ユイは少しだけ笑う。


◇


「たまたま」


◇


絶対嘘だろ、と思う。


◇


でも、

それを指摘するほどの勇気はない。


◇


二人で並んで歩き出す。


◇


距離は、

昨日と同じくらい。


◇


でも——


◇


その間にある空気は、

確実に変わっている。


◇


「今日さ」


ユイがぽつりと口を開く。


◇


「うん?」


◇


「ちゃんと時間、空けといてよ?」


◇


軽い調子。


◇


だけど、

逃げ場のない言い方。


◇


レンは少しだけ視線を逸らす。


◇


「……空けてるって」


◇


それだけ言うのが、

やっとだった。


◇


ユイは満足そうに、

小さく頷く。


◇


「よし」


◇


それ以上は、

何も言わない。


◇


でも——


◇


その一言で、

十分だった。


◇


(“ちょっと”じゃねえだろ、これ)


◇


心の中でツッコむ。


◇


◇


教室。


◇


席に座る。


◇


いつも通りの時間が始まる。


◇


先生の声。


ノートを取る音。


◇


全部、同じはずなのに——


◇


集中できない。


◇


(長い……)


◇


時計を見る回数が、

明らかに増えている。


◇


ふと、

横を見る。


◇


ユイは普通に授業を受けている。


◇


いつも通り。


◇


……いや。


◇


ほんの少しだけ、

楽しそうに見える。


◇


目が合う。


◇


一瞬だけ。


◇


ユイが、

わずかに口角を上げる。


◇


レンはすぐに目を逸らす。


◇


(やめろって……)


◇


心臓が、

またうるさくなる。


◇


◇


そして——


◇


放課後。


◇


チャイムが鳴る。


◇


その音が、

やけに大きく聞こえた。


◇


「じゃあ」


◇


ユイが立ち上がる。


◇


レンを見る。


◇


「行こ」


◇


短くて、

逃げ道のない一言。


◇


レンも立ち上がる。


◇


「……どこだよ」


◇


聞くと、


ユイは少しだけ振り返って——


◇


「秘密」


◇


昨日と同じ答え。


◇


でも今日は——


◇


その先がある。


◇


「ついてきて」


◇


そう言って、

歩き出す。


◇


レンは一瞬だけ立ち止まる。


◇


でも——


◇


すぐに、

その背中を追いかけた。


◇


まだ名前のない距離。


◇


その“ちょっと”の先に、


何があるのか——


◇


二人は、

もうすぐ知ることになる。

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