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18/85

まだ名前のない距離 8(続き)

家に着いても、

レンはすぐに部屋の電気をつけなかった。


玄関に背中を預けて、

スマホの画面だけがぼんやりと光っている。


◇


さっきのやり取りが、まだ残っていた。


『次、会った時に』


その一文だけで、

やけに頭の中が静かにならない。


◇


(次って、いつだよ)


思わずそう考えて、

すぐに自分で苦笑する。


◇


「……別に、いつでもいいだろ」


誰に言うでもなく呟く。


なのに、その“いつでも”の中に、

少しだけ期待が混ざっているのがわかる。


◇


靴を脱いで、部屋に上がる。


ようやく電気をつけると、

いつも通りの景色が広がる。


変わらないはずなのに、

どこかだけ違って見えた。


◇


ポケットからスマホを取り出す。


画面を開く。


トークは、そこで止まったまま。


◇


——送るか?


一瞬だけ考える。


でも、指は動かない。


◇


(いや、ここで送ったら負けだろ)


何に対してなのかもわからないまま、

そんな意地が顔を出す。


◇


そのとき。


また、震えた。


◇


「……は?」


思わず声が出る。


また、ユイ。


◇


『お風呂入るから』


『その前に』


◇


一拍。


◇


『ちゃんと帰れたって言って』


◇


レンは、数秒固まる。


◇


(さっき言っただろ……)


そう思うのに。


◇


なぜか、


もう一度ちゃんと返したくなる。


◇


指が、今度は迷わず動く。


◇


『帰った』


『今、家』


◇


送信。


◇


既読。


早い。


◇


『よかった』


◇


それだけ。


それだけなのに——


◇


胸の奥が、少しだけ熱くなる。


◇


「……なんなんだよ、ほんと」


今度は、さっきよりも小さく笑う。


◇


少しして、また通知。


◇


『じゃあ』


『またね』


◇


終わりの合図。


いつもの、軽いやつ。


◇


だけど、今日は少し違う気がして。


◇


レンは、画面を見たまま少しだけ考える。


◇


そして——


◇


『おう』


◇


送ってから、


一瞬だけ、迷う。


◇


(……これでいいのか?)


◇


少しだけ、物足りない。


◇


その感覚に気づいた瞬間、


レンはもう一度、画面を開いた。


◇


指が、ほんの少しだけ躊躇してから——


◇


『次、いつ?』


◇


送信。


◇


——やっちまった。


◇


ベッドに倒れ込む。


天井を見上げながら、片手で顔を覆う。


◇


「……はぁ」


ため息なのか、笑いなのか。


自分でもよくわからない音が漏れる。


◇


スマホは、まだ静かだ。


◇


数秒。


いや、体感ではもっと長い。


◇


やがて、震える。


◇


レンはすぐには見ない。


わざと、少しだけ間を置く。


◇


そして、ゆっくり画面を開く。


◇


『明日』


◇


短い一言。


◇


でも——


◇


その一言で、


一気に距離が縮まった気がした。


◇


「……早すぎだろ」


思わず笑う。


◇


でも、その顔は、


少しだけ嬉しそうだった。


◇


“途中”は、まだ終わらない。


むしろ、


少しずつ形を持ち始めている。


◇


明日。


それはただの時間の続きじゃない。


◇


名前のないこの距離に、


何かが足される日になるかもしれない。


◇


まだ、名前のない距離。


でも——


もう、ただの“途中”じゃない。

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