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まだ名前のない距離 8(続き)

家に着いても、

レンはすぐに部屋の電気をつけなかった。


玄関に背中を預けて、

スマホの画面だけがぼんやりと光っている。



さっきのやり取りが、まだ残っていた。


『次、会った時に』


その一文だけで、

やけに頭の中が静かにならない。



(次って、いつだよ)


思わずそう考えて、

すぐに自分で苦笑する。



「……別に、いつでもいいだろ」


誰に言うでもなく呟く。


なのに、その“いつでも”の中に、

少しだけ期待が混ざっているのがわかる。



靴を脱いで、部屋に上がる。


ようやく電気をつけると、

いつも通りの景色が広がる。


変わらないはずなのに、

どこかだけ違って見えた。



ポケットからスマホを取り出す。


画面を開く。


トークは、そこで止まったまま。



——送るか?


一瞬だけ考える。


でも、指は動かない。



(いや、ここで送ったら負けだろ)


何に対してなのかもわからないまま、

そんな意地が顔を出す。



そのとき。


また、震えた。



「……は?」


思わず声が出る。


また、ユイ。



『お風呂入るから』


『その前に』



一拍。



『ちゃんと帰れたって言って』



レンは、数秒固まる。



(さっき言っただろ……)


そう思うのに。



なぜか、


もう一度ちゃんと返したくなる。



指が、今度は迷わず動く。



『帰った』


『今、家』



送信。



既読。


早い。



『よかった』



それだけ。


それだけなのに——



胸の奥が、少しだけ熱くなる。



「……なんなんだよ、ほんと」


今度は、さっきよりも小さく笑う。



少しして、また通知。



『じゃあ』


『またね』



終わりの合図。


いつもの、軽いやつ。



だけど、今日は少し違う気がして。



レンは、画面を見たまま少しだけ考える。



そして——



『おう』



送ってから、


一瞬だけ、迷う。



(……これでいいのか?)



少しだけ、物足りない。



その感覚に気づいた瞬間、


レンはもう一度、画面を開いた。



指が、ほんの少しだけ躊躇してから——



『次、いつ?』



送信。



——やっちまった。



ベッドに倒れ込む。


天井を見上げながら、片手で顔を覆う。



「……はぁ」


ため息なのか、笑いなのか。


自分でもよくわからない音が漏れる。



スマホは、まだ静かだ。



数秒。


いや、体感ではもっと長い。



やがて、震える。



レンはすぐには見ない。


わざと、少しだけ間を置く。



そして、ゆっくり画面を開く。



『明日』



短い一言。



でも——



その一言で、


一気に距離が縮まった気がした。



「……早すぎだろ」


思わず笑う。



でも、その顔は、


少しだけ嬉しそうだった。



“途中”は、まだ終わらない。


むしろ、


少しずつ形を持ち始めている。



明日。


それはただの時間の続きじゃない。



名前のないこの距離に、


何かが足される日になるかもしれない。



まだ、名前のない距離。


でも——


もう、ただの“途中”じゃない。

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