まだ、名前のない距離 7(続き)
電車の揺れは、思ったより静かだった。
窓の外の景色だけが、少しずつ形を崩して流れていく。
街灯。ビル。知らない駅の看板。
全部、同じ速さで過ぎていくのに、
なぜかレンの中だけが少し遅れていた。
◇
隣。
ユイは座席にもたれず、まっすぐ前を見ている。
スマホも出さない。
話しかけてもこない。
ただ、そこにいる。
それだけなのに、妙に気になる。
◇
(さっきの続き、って何なんだよ)
レンは思う。
ユイが言った「途中」という言葉が、頭の中で反響する。
途中。
終わってもいないし、始まりきってもいない。
それは安心なのか、不安なのかもわからない。
◇
「ねえ」
不意にユイが言う。
レンは少しだけ反応が遅れる。
「……なんだよ」
「今さ」
ユイは窓の外を見たまま続ける。
「何考えてた?」
◇
レンは一瞬詰まる。
正直に言うには、言葉が足りない。
適当にごまかすには、少しだけ重い。
「別に」
結局、それしか出てこない。
◇
ユイは笑わない。
でも責めもしない。
ただ、小さく息を吐く。
「そっか」
◇
その一言が、なぜか少しだけ優しく聞こえた。
◇
電車がカーブに入る。
車内がわずかに傾く。
その瞬間だけ、ユイの肩がほんの少しレンに近づく。
意図的じゃない距離。
でも、確かにそこにある距離。
◇
レンは動けなかった。
避けることもできたし、離れることもできたのに、
なぜかそれをしなかった。
◇
(こういうの、なんなんだよ)
心の中でだけ、そう思う。
でも答えは出ない。
出そうともしない。
◇
駅に着くアナウンスが流れる。
「次は——」
ユイが立ち上がる。
レンも遅れて立つ。
◇
ホームに降りると、空気が少し冷たかった。
さっきまでの密度が、少しだけ薄くなる。
◇
「じゃあね」
ユイが言う。
いつものように軽く。
でも、いつもと同じではない何かが混ざっている。
◇
レンは一瞬だけ迷って、
「おう」
とだけ返す。
それ以上は出てこない。
◇
ユイは背を向けて歩き出す。
数歩進んでから、ふと止まる。
そして振り返らずに言った。
「レン」
「……なんだよ」
「たぶんさ」
少しだけ間。
「わかんないままでも、いい時ってあるよね」
◇
それだけ言って、今度こそ歩いていく。
◇
レンはその背中を見送る。
見送っているだけなのに、
なぜか置いていかれた感じはしなかった。
むしろ逆だった。
◇
(わかんないまま、か)
それを口の中で反芻する。
嫌じゃない。
でも、はっきりもしていない。
◇
電車の音が遠ざかる。
駅のホームに残る人はもう少ない。
レンはしばらく動かずに立っていた。
◇
“途中”
その言葉だけが、静かに残っている。
そしてそれは、
不思議と終わりの言葉には聞こえなかった。
◇
まだ、名前のない距離。
それは今日も、少しだけ形を変えている。
終わりに近づいているのか、
始まりに近づいているのかもわからないまま。




