↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/85

まだ、名前のない距離 7(続き)

電車の揺れは、思ったより静かだった。


窓の外の景色だけが、少しずつ形を崩して流れていく。


街灯。ビル。知らない駅の看板。


全部、同じ速さで過ぎていくのに、

なぜかレンの中だけが少し遅れていた。


◇


隣。


ユイは座席にもたれず、まっすぐ前を見ている。


スマホも出さない。

話しかけてもこない。


ただ、そこにいる。


それだけなのに、妙に気になる。


◇


(さっきの続き、って何なんだよ)


レンは思う。


ユイが言った「途中」という言葉が、頭の中で反響する。


途中。


終わってもいないし、始まりきってもいない。


それは安心なのか、不安なのかもわからない。


◇


「ねえ」


不意にユイが言う。


レンは少しだけ反応が遅れる。


「……なんだよ」


「今さ」


ユイは窓の外を見たまま続ける。


「何考えてた?」


◇


レンは一瞬詰まる。


正直に言うには、言葉が足りない。

適当にごまかすには、少しだけ重い。


「別に」


結局、それしか出てこない。


◇


ユイは笑わない。


でも責めもしない。


ただ、小さく息を吐く。


「そっか」


◇


その一言が、なぜか少しだけ優しく聞こえた。


◇


電車がカーブに入る。


車内がわずかに傾く。


その瞬間だけ、ユイの肩がほんの少しレンに近づく。


意図的じゃない距離。


でも、確かにそこにある距離。


◇


レンは動けなかった。


避けることもできたし、離れることもできたのに、

なぜかそれをしなかった。


◇


(こういうの、なんなんだよ)


心の中でだけ、そう思う。


でも答えは出ない。


出そうともしない。


◇


駅に着くアナウンスが流れる。


「次は——」


ユイが立ち上がる。


レンも遅れて立つ。


◇


ホームに降りると、空気が少し冷たかった。


さっきまでの密度が、少しだけ薄くなる。


◇


「じゃあね」


ユイが言う。


いつものように軽く。


でも、いつもと同じではない何かが混ざっている。


◇


レンは一瞬だけ迷って、


「おう」


とだけ返す。


それ以上は出てこない。


◇


ユイは背を向けて歩き出す。


数歩進んでから、ふと止まる。


そして振り返らずに言った。


「レン」


「……なんだよ」


「たぶんさ」


少しだけ間。


「わかんないままでも、いい時ってあるよね」


◇


それだけ言って、今度こそ歩いていく。


◇


レンはその背中を見送る。


見送っているだけなのに、

なぜか置いていかれた感じはしなかった。


むしろ逆だった。


◇


(わかんないまま、か)


それを口の中で反芻する。


嫌じゃない。


でも、はっきりもしていない。


◇


電車の音が遠ざかる。


駅のホームに残る人はもう少ない。


レンはしばらく動かずに立っていた。


◇


“途中”


その言葉だけが、静かに残っている。


そしてそれは、

不思議と終わりの言葉には聞こえなかった。


◇


まだ、名前のない距離。


それは今日も、少しだけ形を変えている。


終わりに近づいているのか、

始まりに近づいているのかもわからないまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。