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まだ、名前のない距離 6(続き)

その日の帰り道は、いつもより遅かった。


別に寄り道をしたわけじゃない。

足が少しだけ、重かっただけだ。



駅までの道。


夕方の光が、アスファルトの端をぼんやり染めている。


レンはイヤホンもつけずに歩いていた。


珍しいことだった。


音がない方が、さっきの会話が残る。


(また明日、ちゃんと続き考えよ)


その言葉だけが、やけに引っかかる。



“続き”


それは何の続きだ。


昨日の続きか。

今日の続きか。

それとも、もっと別の何かか。


考えようとすると、答えの前に別の感覚が割り込んでくる。


――落ち着かなさ。



駅のホームに着くと、少しだけ風が強くなった。


制服の袖が揺れる。


そのとき。


「レン」


聞き慣れた声。



振り返ると、ユイがいた。


偶然というより、最初からそこにいたみたいな顔で。


「……お前」


「帰り?」


「見りゃわかるだろ」


「そっか」


それだけ言って、ユイは隣に並ぶ。



電車はまだ来ない。


二人で並ぶには、少しだけ広いホーム。


でも今日は、その“少しだけ”が気にならなかった。



「今日さ」


ユイが言う。


「うん」


レンは短く返す。


「私、ちょっとだけわかった」


「何が」


「昨日と今日の違い」



レンは視線だけで続きを促す。


ユイは線路の方を見たまま続けた。


「昨日は、近づいてた」


「……」


「今日は、確かめてた」



レンは言葉を失う。


近づくと、確かめる。


その違いは、言われて初めて輪郭を持った。



「じゃあさ」


レンはようやく口を開く。


「今はどっちだよ」


ユイは少しだけ間を置く。


そして、いつも通りの顔で言う。


「どっちでもないかも」



その答えは、曖昧なのに妙に正しかった。



電車が来る音が遠くから近づいてくる。


風が強くなる。


ユイの髪が少しだけ揺れた。



「レン」


「なんだよ」


「私たちさ」


一瞬だけ言葉が止まる。


「まだ、途中だね」



レンは何も言えなかった。


否定も肯定もできないまま、

ただホームの白線を見ている。



電車が止まる。


ドアが開く。


乗るか、乗らないかの一瞬。


その境目みたいな時間。



ユイは先に乗り込む。


そして、振り返らずに言う。


「また明日」



レンは少し遅れて乗る。


ドアが閉まる直前。


ほんの一瞬だけ、ユイの横顔が見えた。



その顔は、

昨日よりも遠くなくて、

今日よりも近くなかった。


ただ――同じ場所にいた。



電車が動き出す。


窓の外の景色が流れていく。


レンはぼんやり思う。


(これ、どこに向かってんだ)


でもすぐに、その問いをやめる。



わからないまま進むことに、

もう少しだけ慣れてきてしまっていた。



まだ、名前のない距離。


それは縮んでいるのか、

広がっているのかもわからない。


ただ一つだけ確かなのは、


もう“止まってはいない”ということだった。

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