まだ、名前のない距離 6(続き)
その日の帰り道は、いつもより遅かった。
別に寄り道をしたわけじゃない。
足が少しだけ、重かっただけだ。
◇
駅までの道。
夕方の光が、アスファルトの端をぼんやり染めている。
レンはイヤホンもつけずに歩いていた。
珍しいことだった。
音がない方が、さっきの会話が残る。
(また明日、ちゃんと続き考えよ)
その言葉だけが、やけに引っかかる。
◇
“続き”
それは何の続きだ。
昨日の続きか。
今日の続きか。
それとも、もっと別の何かか。
考えようとすると、答えの前に別の感覚が割り込んでくる。
――落ち着かなさ。
◇
駅のホームに着くと、少しだけ風が強くなった。
制服の袖が揺れる。
そのとき。
「レン」
聞き慣れた声。
◇
振り返ると、ユイがいた。
偶然というより、最初からそこにいたみたいな顔で。
「……お前」
「帰り?」
「見りゃわかるだろ」
「そっか」
それだけ言って、ユイは隣に並ぶ。
◇
電車はまだ来ない。
二人で並ぶには、少しだけ広いホーム。
でも今日は、その“少しだけ”が気にならなかった。
◇
「今日さ」
ユイが言う。
「うん」
レンは短く返す。
「私、ちょっとだけわかった」
「何が」
「昨日と今日の違い」
◇
レンは視線だけで続きを促す。
ユイは線路の方を見たまま続けた。
「昨日は、近づいてた」
「……」
「今日は、確かめてた」
◇
レンは言葉を失う。
近づくと、確かめる。
その違いは、言われて初めて輪郭を持った。
◇
「じゃあさ」
レンはようやく口を開く。
「今はどっちだよ」
ユイは少しだけ間を置く。
そして、いつも通りの顔で言う。
「どっちでもないかも」
◇
その答えは、曖昧なのに妙に正しかった。
◇
電車が来る音が遠くから近づいてくる。
風が強くなる。
ユイの髪が少しだけ揺れた。
◇
「レン」
「なんだよ」
「私たちさ」
一瞬だけ言葉が止まる。
「まだ、途中だね」
◇
レンは何も言えなかった。
否定も肯定もできないまま、
ただホームの白線を見ている。
◇
電車が止まる。
ドアが開く。
乗るか、乗らないかの一瞬。
その境目みたいな時間。
◇
ユイは先に乗り込む。
そして、振り返らずに言う。
「また明日」
◇
レンは少し遅れて乗る。
ドアが閉まる直前。
ほんの一瞬だけ、ユイの横顔が見えた。
◇
その顔は、
昨日よりも遠くなくて、
今日よりも近くなかった。
ただ――同じ場所にいた。
◇
電車が動き出す。
窓の外の景色が流れていく。
レンはぼんやり思う。
(これ、どこに向かってんだ)
でもすぐに、その問いをやめる。
◇
わからないまま進むことに、
もう少しだけ慣れてきてしまっていた。
◇
まだ、名前のない距離。
それは縮んでいるのか、
広がっているのかもわからない。
ただ一つだけ確かなのは、
もう“止まってはいない”ということだった。




