表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/85

まだ、名前のない距離 5(続き)

次の日の朝は、少しだけ静かだった。


いや、正確には“静かすぎた”。


レンはいつもより早く教室に着いていたが、ユイはまだいない。


それだけで、昨日までの空気が薄くなった気がする。


(別に、普通だろ)


そう思うのに、落ち着かない。



窓の外では、いつも通りの朝の音がしている。


部活の掛け声、廊下の足音、遠くの笑い声。


全部、普通。


でもレンの中だけが、少しだけズレていた。



「おはよ」


声。


振り返ると、ユイが立っていた。


昨日と同じように、何事もなかった顔で。


「……おう」


「早いね」


「お前もな」


「たまたま」


そう言って、ユイは自分の席に座る。


その一連の動きが、妙に“整いすぎている”。



レンは気づく。


(昨日までの方が、むしろ普通じゃなかったのか)


踏み込んでくる距離。


曖昧な接触。


意味のある沈黙。


それがない今の方が、逆に不自然だ。



昼前。


黒板の文字をぼんやり見ていたとき。


「ねえ」


後ろから声。


「……なんだよ」


「今日さ」


「うん」


「放課後、少しだけ時間ある?」


レンは一瞬だけ間を空ける。


「あるけど」


「じゃあ来て」


「どこに」


「昨日のとこ」


それだけ言って、ユイは前を向いた。



放課後。


廊下は少しだけ騒がしい。


それでも、二人が向かう場所は昨日と同じだった。


人気のない階段。


少しだけ湿った空気。



ユイはまた一段上に座る。


今度は、最初からレンの方を見ている。


「今日さ」


「うん」


「昨日みたいにしない」


「何が」


「近づいたりとか」


「……は?」


レンは眉をひそめる。


「なんだそれ」


「気分」


あっさりした言い方。



レンは少しだけイラつく。


「お前さ、それ何なんだよ」


「何が」


「近づいたり、離れたり」


「別に」


「別にって顔してねえだろ」


その言葉に、ユイは少しだけ目を細めた。



「レンってさ」


「……あ?」


「ちゃんと気づくんだね」


「当たり前だろ」


「じゃあさ」


ユイは膝を抱える。


「気づいた上で、どうする?」



沈黙。


風が階段の隙間を抜けていく音だけが残る。


レンは答えられない。


いや、正確には。


答えが“ない”のではなく、


言葉にするのが面倒だった。



ユイは立ち上がる。


今度は、昨日と逆。


一段下に降りる。


目線が同じ高さになる。



「レン」


「なんだよ」


「たぶんね」


少しだけ笑う。


「私もよくわかってない」



その一言で、空気が変わる。


ずっと“わかってる側”みたいに見えていたユイが、


初めて同じ場所に立った気がした。



「でもさ」


ユイは一歩だけ近づく。


昨日よりは遠くて、今日よりは近い。


その中間。


「このままでいいとは思ってない」



レンは息を止める。


心臓の音が、少しだけうるさい。



ユイはそのまま階段を降りていく。


振り返らないまま。


でも最後に一言だけ。


「また明日、ちゃんと続き考えよ」



レンはその場に残る。


一人。


なのに、さっきより距離が近い気がした。



(こいつ、本当にずるいな)


そう思った瞬間。


もう一つだけ気づく。


(俺も、逃げてない)



まだ名前のない距離。


でも確実に、形だけは変わり続けている。


終わる方向ではなく、


どこかへ向かう方向に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ