まだ名前のない距離(4)――たぶん、気づかれてる
翌日。
朝から、少しだけ落ち着かない。
理由は分かってる。
昨日のことだ。
「……いや、別に」
小さく打ち消す。
打ち消したところで消えないのも分かってる。
◇
教室。
「おはよ、レン」
「……おう」
ユイはいつも通り。
昨日と同じ顔。
昨日と同じ距離。
――のはずなのに。
なぜか、少しだけ意識してしまう。
「なんか今日、変じゃない?」
「は?」
「いや、別にいいけど」
じっと見てくる。
まただ。
この“見透かす感じ”。
◇
授業中。
今日はユイがやけに静かだった。
いや、正確には――
静か“すぎる”。
(……昨日のせいか?)
考えた瞬間、
自分で否定する。
違う。
そういうのじゃない。
たぶん。
◇
昼休み。
「レン」
「おう」
「今日さ」
「なんだよ」
「ちょっとだけ付き合って」
まただ。
またそれ。
でも今日は――
昨日より自然に立ち上がっていた。
◇
屋上近くの階段。
人気のない場所。
「ここ」
「ここって何だよ」
「落ち着くでしょ」
「まあ……」
確かに静かだ。
でも、静かすぎる。
「レン」
「なんだよ」
「昨日のこと」
一瞬、止まる。
来た。
◇
「忘れろって言ったじゃん」
「うん」
「じゃあなんで」
「でも」
ユイは階段に座る。
「レンが忘れてない気がしたから」
「……」
図星を刺される。
「気のせいだろ」
「そうかな」
軽く笑う。
でも目は笑ってない。
◇
「ねえ」
「なんだよ」
「手」
「は?」
「ちょっとだけ」
「またそれかよ」
呆れながらも、
なぜか拒否できない。
差し出す。
◇
触れる。
今度は一瞬じゃない。
昨日より少し長い。
それだけで――
空気が変わる。
「……」
「……」
ユイは何も言わない。
ただ、手を見ている。
◇
「やっぱり」
「何がだよ」
「変じゃない」
「何がだよ」
「レン」
少しだけ顔を上げる。
「ちゃんとここにいる」
「意味わかんねえこと言うな」
「うん」
でも離さない。
◇
しばらくして、
ようやく手が離れる。
「どうだった?」
「何が」
「今の」
「知らねえよ」
即答。
でも――
嘘だ。
たぶん。
◇
「レンさ」
「なんだよ」
「たぶんね」
「うん」
「もう気づいてるよね」
「何にだよ」
「私のこと」
「……」
答えない。
答えられない。
◇
ユイは立ち上がる。
「でもいいや」
「いいのかよ」
「うん」
軽く伸びをする。
「まだそのままで」
「どういう意味だよ」
「秘密」
またそれ。
でも今日は――
少しだけ違う。
◇
チャイム。
「戻るか」
「うん」
並んで歩く。
昨日より近い。
でも、昨日ほど急じゃない。
◇
「レン」
「なんだよ」
「今日ね」
「うん」
「ちょっと安心した」
「何がだよ」
「秘密」
笑う。
いつも通り。
でも今日は――
“試してる感じ”がない。
◇
放課後。
「じゃあね」
「おう」
少しだけ間。
ユイは振り返らない。
でも――
背中が、少しだけ柔らかい。
◇
一人になる。
手を見る。
もう何も残ってない。
でも、
昨日よりも確実に――
“残ってるもの”がある気がした。
◇
まだ名前はない。
でも、
もう「気のせい」では済まない距離。
それを認めるかどうかは、
たぶん――
もう時間の問題だった。




