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まだ名前のない距離(4)――たぶん、気づかれてる

翌日。


朝から、少しだけ落ち着かない。


理由は分かってる。


昨日のことだ。


「……いや、別に」


小さく打ち消す。


打ち消したところで消えないのも分かってる。



教室。


「おはよ、レン」


「……おう」


ユイはいつも通り。


昨日と同じ顔。


昨日と同じ距離。


――のはずなのに。


なぜか、少しだけ意識してしまう。


「なんか今日、変じゃない?」


「は?」


「いや、別にいいけど」


じっと見てくる。


まただ。


この“見透かす感じ”。



授業中。


今日はユイがやけに静かだった。


いや、正確には――


静か“すぎる”。


(……昨日のせいか?)


考えた瞬間、


自分で否定する。


違う。


そういうのじゃない。


たぶん。



昼休み。


「レン」


「おう」


「今日さ」


「なんだよ」


「ちょっとだけ付き合って」


まただ。


またそれ。


でも今日は――


昨日より自然に立ち上がっていた。



屋上近くの階段。


人気のない場所。


「ここ」


「ここって何だよ」


「落ち着くでしょ」


「まあ……」


確かに静かだ。


でも、静かすぎる。


「レン」


「なんだよ」


「昨日のこと」


一瞬、止まる。


来た。



「忘れろって言ったじゃん」


「うん」


「じゃあなんで」


「でも」


ユイは階段に座る。


「レンが忘れてない気がしたから」


「……」


図星を刺される。


「気のせいだろ」


「そうかな」


軽く笑う。


でも目は笑ってない。



「ねえ」


「なんだよ」


「手」


「は?」


「ちょっとだけ」


「またそれかよ」


呆れながらも、


なぜか拒否できない。


差し出す。



触れる。


今度は一瞬じゃない。


昨日より少し長い。


それだけで――


空気が変わる。


「……」


「……」


ユイは何も言わない。


ただ、手を見ている。



「やっぱり」


「何がだよ」


「変じゃない」


「何がだよ」


「レン」


少しだけ顔を上げる。


「ちゃんとここにいる」


「意味わかんねえこと言うな」


「うん」


でも離さない。



しばらくして、


ようやく手が離れる。


「どうだった?」


「何が」


「今の」


「知らねえよ」


即答。


でも――


嘘だ。


たぶん。



「レンさ」


「なんだよ」


「たぶんね」


「うん」


「もう気づいてるよね」


「何にだよ」


「私のこと」


「……」


答えない。


答えられない。



ユイは立ち上がる。


「でもいいや」


「いいのかよ」


「うん」


軽く伸びをする。


「まだそのままで」


「どういう意味だよ」


「秘密」


またそれ。


でも今日は――


少しだけ違う。



チャイム。


「戻るか」


「うん」


並んで歩く。


昨日より近い。


でも、昨日ほど急じゃない。



「レン」


「なんだよ」


「今日ね」


「うん」


「ちょっと安心した」


「何がだよ」


「秘密」


笑う。


いつも通り。


でも今日は――


“試してる感じ”がない。



放課後。


「じゃあね」


「おう」


少しだけ間。


ユイは振り返らない。


でも――


背中が、少しだけ柔らかい。



一人になる。


手を見る。


もう何も残ってない。


でも、


昨日よりも確実に――


“残ってるもの”がある気がした。



まだ名前はない。


でも、


もう「気のせい」では済まない距離。


それを認めるかどうかは、


たぶん――


もう時間の問題だった。

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