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DEATH TERRARIUM  作者: 美味いもん食いてぇ


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第44話

 ……開ける視界。眼前に広がる、白亜の巨大空間。高い天井は幾何学的なアーチを織りなし、大理石の柱が規則正しく並ぶ。天井や壁に嵌め込まれたステンドグラスが、白一色の空間に七色の影を落としていた。何より特徴的なのが、宙に浮かぶ大小様々な石畳。浮遊する床板が、緩やかに上下しながら漂っていた。まるで、御伽の国の神殿だ。


 そんな神秘的な景色を他所に、九十九の目はある一点を注視していた。自分達とは反対の扉から現れた、白チームの面々。……その先頭に立つ男を。


 黒月を連れて中央まで進み、九十九はニコリと微笑む。


「本当によく会いますね。春先生?」


「元気そうで何よりだよ。九十九君」


 防弾スーツで着飾った春國が、いつもの笑顔で微笑んだ。春國は黒月を興味なさそうに一瞥し、再び九十九と目線を合わせる。


「お互い話したいこともあるでしょうし、戦いながら聞かせてもらいますね?」


「おや、意外だね。恨み節から始まると思ったのに」


「恨む? 誰をですか?」


 その時鐘の音が響き、神殿奥に天使と悪魔の彫刻が刻まれた大きな扉が現れた。天使側には78、悪魔側には82の数字が表示されている。そして扉の上に刻まれた、《同色の心臓100個》という指令。

 ……どちらかが全滅するまで、終わらないということだ。


『10秒後にゲームを開始します』


 アナウンスと共に両チームが散らばり、各々の準備を始める。

 春國はスーツのポケットに手を突っ込んだまま、九十九と見つめ合う。


「離れなくて良いのかい?」


「ここが一番先生に近いですから」


「ククっ、黒月さんだっけ? 随分と信頼されているねぇ。……でも、君はお呼びじゃないかな」


「ぐっ⁉︎」「依絆くん⁉︎」


 ゲーム開始の鐘の音と同時に、九十九の背中が何かに蹴り飛ばされた。地面を滑った九十九に黒月は手を伸ばすが、その指先が見えない壁に弾かれる。


「ッアイギス!」


「……先達の言うことは聞いておきなさい。じゃないとほら、いきなりピンチだ」


 九十九はすぐさま飛び起き、春國から距離を取ろうとバックステップ。


「――っ⁉」


 しかし見えない壁に遮られ、それ以上後ろに行けない。直後再び何かに蹴り飛ばされ、地面を転がった。


 そんな彼を目に、黒月が本気で拳を振り抜く。直撃と同時に鈍い音が響き、見えない壁が大きく波打った。それは九十九を閉じ込めるように形成された、半透明の巨大な箱。

 今この時、九十九は敵を前にして完全に孤立した。


 再度拳を振り被った黒月が、


「依絆くんッ‼︎ すぐに壊すか――ッ⁉︎」


「ハハァッ‼︎ 俺と遊ぼうぜ可愛子ちゃァンッ‼︎」


 しかし次の瞬間、横から突っ込んできた巨漢のラリアットで吹っ飛んだ。

 空中で体勢を立て直した黒月は、着地と同時にその場から飛び退く。直後降ってきた巨漢の踵落としが、地面を放射状に粉砕した。


 浮遊する床板に飛び乗った黒月を、巨漢は楽しそうに見上げる。


「頑丈だなぁおい‼︎ テメェも俺と同じタイプか⁉︎」


 ……黒月の長髪が不気味に靡き、額から紅い角が生える。


「ハハッ、俺ぁ宍戸 剛気だ‼︎ テメェ名前は……あ、死ぬから聞いても意味ねぇか‼︎」


 顔を上げた黒月の額に、首に走る、今にも破裂しそうなほど脈打つ血管。縦に割れた紅眼が、侮蔑と嘲笑を込めて筋肉ダルマを見下した。


「……クフっ、汚物って喋るのね」


「……はい、ズタ袋決定ェ――ッ⁉」


 瞬間肉薄した黒月の拳が、宍戸弟の腕にめり込む。ガードの上から殴り飛ばされた巨体が、大理石の柱に直撃し砂煙を上げた




「おいおい、何もんだよあの女? 弟とあんだけ殺り合える奴、ランク外にいたか?」


 虚空からぬるりと現れた男が、春國の隣に立つ。


「……何か元気になっちゃってるし、九十九君も悲しんでないし、あの子達失敗したね」


「だからそこら辺のチンピラなんて、使い物にならないって言ったんですよ」


 後方でずっと両手の指をくっつけている男が、苦笑する春國に溜息を吐く。


「ねぇ先生〜、いいからさっさとこの子殺っちゃおうよ〜」


 ロリポップを口に咥えている女が、ダルそうに九十九を指差した。


 ……敵は四人。結構マズいな、この状況。

 九十九はアイギスを盾に構えながら、自分と同じく箱の中にいる四人を観察する。さっきの見えない攻撃は、あの長身の男の仕業だな。異能は恐らく【透明化】。口ぶりから察するに、ランカーの宍戸兄の方。

 この【箱】は、あの後ろに隠れている男の異能かな。ずっと指を合わせているのを見るに、あれが発動条件の可能性あり。ブラフの可能性も考慮しておくこと。分からないのは春先生と女の異能だけど、……うん。とりあえずそこから探ろう。

 九十九は四人の視線が自分から外れた瞬間、ホルスターから銃を引き抜き発砲した。


「わっ⁉︎」「っ……いってぇな」


「……は? はぁ⁉︎ あんた何先生に銃撃ってるわけ⁉︎」


 宍戸兄には装備で防がれたが、それ以外の銃弾を防いだのは。


「フゴフゴッ」「バフォッ」


 ……四足歩行の豚っぽいクリーチャーが二匹。大きさは大型犬くらい。あの子、僕と同じタイプか。九十九が再度発砲するも、宍戸兄以外への銃弾は全て防がれる。見た目の割に結構機敏だな。


「っぶねぇ⁉︎ おいヒマリ‼︎ 俺の分も防ぎやがれ‼︎」


「ふんっ、だって新太(アラタ)君私のプリン食べたじゃん!」


「んなくだらねぇことで⁉︎ テメェ俺が死んでも良いのか⁉︎」


「……はい。静かに」


 手を叩いた春國に、三人の体がビクッと固まる。春國は溜息を吐き、メガネを外して上げていた前髪を下ろした。


 再びメガネをかけた彼の目を見て、九十九は息を呑んだ。その目が、あまりにも冷たい色をしていたから。


「……そっちが、本当の春先生なんですね」


「心外だね。どっちも本当の私だよ。まぁ、作り笑顔は疲れるけどね」


 春國は熱っぽい視線を向けてくるヒマリを撫でながら、九十九に嘲笑を送る。


「九十九君、私はね、君みたいな人間が大嫌いなんだよ」


「……」


「君を見ていると、精神的自慰行為という言葉が思い浮かぶ。他者への理解を求めるフリをして、実のところ君は、自分自身の苦悩に酔いしれているだけだ。それは内省ではない。ナルシスティックな自己憐憫の演出にすぎない。悩んでいる人間と、悩んでいる自分に酔っている人間は全く異なる。前者は自己と対峙しようとする。後者は痛みを消費して、アイデンティティの代替物にする。君はまさに後者だ。つまり、痛みを通じてしか自分を語れない、空虚な主体なんだよ」


 春國は目を瞑り、大きな大きな溜息を吐く。


「君のような人間が厄介なのは、自らを被害者として語ることで、他者への責任を回避するからだ。君にとって苦しむことは、倫理的免罪符でしかない。何をしても許される理由であり、他者への攻撃権限にもなる。だが、それは明確に倒錯している。痛みは免罪符ではない。正当性ではない。ましてや、他者の犠牲を要求する根拠では決してない。

 ……君が自分の苦悩を語る時、そこに一貫して欠けているものがある。それは、責任という概念だ。君は世界の不公平さ、他者の冷酷さ、親の不完全さ、社会の無理解、そうしたものを際限なく引き合いに出すくせに、自らが何を選択し、どう生きてきたかには一切言及しない。それはすなわち、主体性の放棄であり、倫理的無責任の肯定だ。

 そして私は、そういう人間を、知的に最も劣悪な存在として分類している。君のように弱さという皮を被りながら、その実、他者を巻き込む加害性を持つ者は、理性も倫理も、共感すら破壊するウイルスだ。私がTERRARIUMに参加しているのは、そういった人間を駆逐するためだ」


「……ちょっとあんた聞いているの⁉︎ せっかく先生が話してくれているのよ⁉︎」


「え? あ、うん」


 九十九はマガジンを交換しながら、怖い顔の四人に苦笑する。

 ……どうしよう、まったく響かなかった。既に悩みを克服してしまったからだろうか? それとも、春先生がそんな高尚な人間ではないと知っているからだろうか? 敢えて感想を言うなら、


「何か頭良いんだな〜って思いました」


「っ、先生! あいつ私に殺させて! 良い⁉︎」


「……ふふっ、良いよ。私も力を貸してあげる」


「やった! 新太君は手出さないでよ⁉︎ 私と先生の共同作業なんだから!」


 九十九は左手でナイフを引き抜く。一番怖いのが透明化。次にあの女。春先生の異能に気をつけながら、箱の男を狙う。アイギスに防御を任せれば対応でき……なっ⁉︎


「アイギス⁉︎」


「(プ……ルプルっ⁉︎)」


 半径二mはあったアイギスが、大きさを維持できずに半径三十㎝ほどの球体に縮んでしまっていた。何だ⁉︎ 何が起きた⁉︎ 使用限界⁉︎ いや、今日は一度しか壊されていないし、僕も余力がある! じゃあ。

 九十九は顔を上げ、暗い笑みを浮かべている春國を睨む。


「トンちゃん、ペーちゃん! あいつ殺して!」


 九十九はナイフを逆手に持ち、左腕を支えにしてヒマリに銃を放つ。一匹を防御に回させ、突っ込んできた一匹の脇腹を掻っ捌いた。毎日ガルムを相手にしていたんだ。この程度の速度なら見切れる。


「アイギス! 銃だけ見といてくれ‼︎」


 九十九はバックステップから一気に前傾になり、衝突のタイミングをずらして豚の喉笛を切り裂く。右から飛びかかってきた豚を躱すと同時に女に発砲し、その場を飛び退き突っ込んできた豚を躱した。ッ僕のより再生と復帰が早い。なら、仕方ないッ。二匹の豚を蹴り飛ばした瞬間、九十九はヒマリに向かって突貫した。


「ひっ⁉︎」


 ヒマリも銃を構えるが、九十九の方が速い。一発が彼女の耳を掠め、一発が彼女の肩にめり込み骨を砕いた。動揺と激痛により、二匹のクリーチャーが消失する。九十九は仕留めようと踏み込むが、しかしサブマシンガンを構える春國を間接視野に捉え、咄嗟に急ブレーキからのバックステップ。アイギスに守ってもらいながら、射線から離脱した。


「っぶなぁ」


 九十九はできるだけ体を小さくしてアイギスの影に隠れながら、撃つのをやめた春國と、痛みにうずくまるヒマリを見て苦虫を噛み潰す。やっぱり拳銃じゃ装備を貫通できない。サポートとして使ってきた弱みが出た。それよりも、春先生の異能だ。恐らく、【異能の弱体化】。マズいぞ、これで四対一は、四対……そこで九十九は気づいた。視界に入れていた筈の四人が、既に三人になっていることに。


「気づくの遅ぇよ」


「――ッぅぐぅう⁉︎」


 脇腹に刺さったナイフを目に、九十九は痛みに歯を食い縛る。宍戸兄は九十九の隣にしゃがんだまま、腹に刺さったナイフをグリグリと捻った。激痛に意識が飛びそうになり、アイギスが消えかける。


「油断したなぁ? 防刃だからって、貫けねぇわけじゃねぇんだぜ? それにこんな軽装備、プレートの間を狙ってやれば、こうよ」


「がァアアア⁉︎」


 消滅したアイギスに下卑た笑みを浮かべる宍戸兄だが、脂汗を流す九十九が笑っているのを見て、笑みを引っ込める。


「グフっ……バカだろ、お前?」


「あ?」


 直後九十九はナイフを捨て宍戸兄の腕を掴み、逃がさないように固定。顎下を思いっきり銃で殴り上げた。


「透明化が近づいちゃダメだろ⁉︎」


「ガハッ⁉︎」


 そのまま発砲するも、流石ランカー。咄嗟に頭を逸らして躱される。しかし九十九は傷が開くことなどお構いなしに肉薄。銃口で宍戸兄の心臓を殴りつけ、残弾全てをゼロ距離でぶち込んだ。


「カッハ⁉︎ ッイガぇでんのがデめぇ⁉︎」


「ぐぁッ」


 肋骨数本を砕かれ宍戸兄が血を吐くが、同時にナイフを引き抜かれて九十九も血を吐く。そこを突っ込んできた豚一匹に跳ね飛ばされ、九十九は盛大に地面を転がった。

 咄嗟にガードしたが、牙で裂かれた腕からは血がだくだくと漏れている。脇腹は言わずもがな。……しかし九十九の口元は、依然笑みを浮かべたままだった。


「ゲフッ、……覚えたな?」


「アゥ!」


「行けっ」


 弱体化の影響で子犬サイズになってしまったガルムが、倒れた九十九の懐から飛び出した。

 チビガルムは突っ込んでくる豚を機敏な動きで躱し、春國のサブマシンガンを全身にくらいボロボロになりながらも、一点を狙い駆け抜ける。春國と箱男をスルーして、ヒマリをスルーしたチビガルムは、彼女のすぐ後ろの虚空へと飛びかかった。


「は?」


 見えない筈の自分へと向かってきた子犬に、宍戸兄は一瞬動揺する。しかしこんな死に体で何ができる? そう嘲笑い、チビガルムの首を掴んだ瞬間。

 宍戸兄は見た。

 春國は見た。

 箱男は見た。

 ヒマリは見た。

 ――消えかけるチビガルムの中で、着火した爆炎の輝きを。


「「「「――ッッッ⁉︎」」」」


 直後――大爆発。


 爆風から頭を守った九十九は、数回転がり顔を上げる。まさかパクった手榴弾がここで役立つとは。


 ……宍戸兄は四肢が吹き飛び即死。女は半身が焼け爛れ痙攣している。起き上がるのは、比較的遠くにいた春先生と箱男の二人だけ。……箱はまだ消えていない。あの爆風でも指を離さないのか。いや、春先生が庇ったっぽいな。


「ハハっ、そんなに僕を自分の手で殺したいですか?」


 タタタタタッ‼︎ 射出された弾丸は、しかしアイギスによって防がれる。そこで気づいた。さっきよりも、少しだけアイギスが大きくなっている。大きさが元に戻っているのだ。

 ……春先生がダメージを受けたから? もしくは……。

 九十九はニヤリと笑い、その場にあぐらをかいた。切り札を切るなら、ここだ。


「少し話しましょうよ? 先生」


「……何かな?」


「先生って、高校時代にコンプレックスありますよね? 虐められでもしたんですか?」


「……は?」


 突拍子もない発言に、春國の目が点になる。


「私が? ふふっ、今まで聞いた中で一番面白い冗談だね」


「そうですか。では、一応さっきの春先生の主張に反論しておきますね? 先生は論理をこねくり回すのが好きみたいですが、圧倒的に他人に対する敬意が足りていません。先生の分析は見事です。でもその分析が、他人を切り捨てるための道具にしかなっていない。結論ありきで構築されているんですよ、先生の論理は」


「……」


「先生が求めているのは真実じゃない。優越感と免罪だ。

 ……ねぇ春先生、あなたは、弱さを理解されなかった側の人間でしょう? あるいは、理解されるほどの価値が自分にはない、そう思い込まされた過去がある。違いますか? だからあなたは、苦しみや弱さを訴える人間を、全て自己陶酔の愚か者として断定することで、自分が理解されなかった過去を正当化しようとしている。こういうの、世間一般で何て言うか知ってます? 逆恨みですよ、逆恨み。

 他人が救われているのが許せないんでしょう? 僕達みたいな凡庸な人間が、苦しんで、誰かに受け入れられて、救われる。そんな物語が、先生には耐えられない。なぜなら、先生自身が救われたことがないから。先生は論理で人を裁くのが得意みたいですけど、あなたが蔑む自己憐憫に酔う人間とやらがいるとして、その最たる例が、先生自身だと思いませんか? 違いがあるとすれば、僕はちゃんと悩んで、ぶつかって、誰かと向き合おうとしました。先生は論理の檻に閉じ籠って、自分以外の全てを愚かと見下しているだけ。どちらが空虚なのかは、もう明白ですよね? ハハっ、そのまま一生誰も信用せずに、知っているフリをしたまま、世界の隅っこで独りで死んでいけばいい。おお怖っ」


 無言でマシンガンを連射され、九十九はわざと煽るように笑う。更に大きくなったアイギスを見て、確信した。【弱体化】の攻略法を。


「何か喋ってくださいよ春先生〜。あ! じゃああの話もしましょうか? 先生がTERRARIUMの規約に違反して、僕を無理やり推薦枠として参加させた挙句、出資側のVIPの人間と結託して証拠を揉み消した話」


「……何のことだい? 君を推薦したのは確かに私だけど、規約違反など犯しては」


「いやいや無理ありますって。それにもう裏は取れているんですよ。はいどうぞ」


 九十九は懐から出した紙を、アイギス経由で春國に渡す。警戒しながらも受け取った春國の目が、驚愕に見開かれた。


「お、初めて動揺してくれましたね」


 九十九が渡したのは一枚の写真。

 ……春國に良いように使われていた、VIPの女の磔死体写真であった。


「いや〜バックが強いからって、好き放題やりすぎですよ、先生。今までにも沢山の高校生を不正参加させていたみたいですけど、今回はちょっと焦ったんじゃないですか? あの状況で僕が生き残るのは想定外だったでしょう?」


「……」


「それにしても驚きましたよ。まさか拉致した高校生にポチとコロとかいう名前をつけて飼っていたり、自分が参加させた高校生の死亡映像を流しながら夕食を食べていたり、そんな人がよく教師とか名乗れましたね?」

「……このこと、運営には話したのか?」


 写真を握り潰した春國から明確な怒気を感じ、九十九はほくそ笑む。


「もう分かっているくせに。そもそも今回のイベント、先生が唾をつけた人間が多すぎると思わなかったんですか? そっちの人間、殆どお仲間だったでしょう?」


「……まさか」


「はい。規約違反者の処分場ですよ、ここ」


 連射されたサブマシンガンを、完全回復したアイギスが楽に受け止める。


「先生の異能、劣っていると判断した人間の異能を制限する異能でしょ? それで怒っちゃダメですよ。怒りなんて、対等な人間にしか湧かない感情なんだから」


「せ、先生っ」


「黙っていろ‼︎ 私が何とかする‼︎」


 今にも泣きそうな箱男を、春國が怒鳴りつける。


「……上層部と結託したのは、君も同じじゃないか。私の異能も弱点も知っていた分際で、私をハメられてそんなに嬉しいか?」


「逆ですよ。僕が先生に温情を与えたんです。どうせ処分するなら、いっそ盛り上がるイベントにしてしまえば良い。僕は運営にそう提案しただけです。ゲームの内容も、先生の異能も、僕は何も知りませんでした。まぁ放課後の面談で探ってはいましたけどね。ことゲームの中では、僕も先生も平等で公平です。……一緒にしないでくださいよ」


 九十九の目に不快感が宿った瞬間、春國は箱男を掴んで飛び退いた。

「っ奴を出せ‼︎」


「お、」


 九十九の世界に音が戻ってくる。久しぶりの外気を肺いっぱいに吸い込み、血で咽せた。……うわっ、外こんなにうるさかったのか。


「剛気ッ! 剛気はどこだ⁉︎」


 叫ぶ春國の元に、剛気こと宍戸弟が飛んでくる。……首だけの姿で。


「ごうっ⁉︎」「ヒィッ⁉︎」


 ビチャァッ! と箱にぶつかった宍戸弟の潰された頭部が、ズルズルと地面に落ちる。


 九十九は彼女の肩を借り、脇腹を押さえながら立ち上がった。


「ごめんなさいっごめんなさいっ、早く治療を!」


「落ち着いて黒月さん。戦況は?」


 九十九に微笑まれ、返り血で真っ赤に染まった黒月も落ち着きを取り戻す。


「た、互いに十五人くらいから減っていないわ。篝が穴を空けてくれているけど、他が拮抗しているか、若干向こうの方が上ね」


 とその時、箱の中から黒いオーラが漏れ始める。出所は春國。何だあれ⁉︎


「……ッ雑魚共が、私をナメすぎだ」


 瞬間オーラが拡散し、神殿を満たした。途端、黒陣営の異能が一気に弱体化する。黒月もいきなり角が引っ込んだことに驚き、九十九を抱っこして後退した。


「……人のこと見下しすぎだろ」


「っどうするの依絆くん⁉︎ かなり危ないわよこれ⁉︎」


 敵の異能を躱す黒月の腕の中から、九十九は周囲を観察する。

 上空で数十本の矢が旋回し、攻撃と足止めを同時に行ってくれている。普通に機能しているのは篝さんだけか。……これはもう、使うしかないな。九十九は空気を吸い込み、限界まで声を張り上げた。


「ッ黒チーム‼︎ 何があっても刺激しないでください‼︎ 篝さんは敵から僕を守って‼︎」


「っい、依絆くん? 何を」


 大空間に響く抽象的すぎる指示。彼らとて自分の身を守るので精一杯なのだ。無視しようとするが、次の瞬間には知ることとなる。

 ……九十九の指示に従うことこそ、生き残る唯一の道なのだと。


「ガルム、……全開放だ。暴れて良いぞ」


「‼︎ ゥルルルッ」


「ハッ、何を世迷言を! こうなった以上、貴様らに勝ち目な、ど……」


 黒月の、春國の、箱男の視線が、徐々に上へと向かっていく。上から見ていた篝も「……マジか」と渇いた笑みを浮かべた。


 ……風に揺らめく漆黒の体毛。悉くを噛みちぎる凶悪な牙。タイルに食い込む強靭な爪。金色に輝く獣眼が、ギョロリと敵を捉える。


「ゴルォオオオオンッ‼︎」


 体高六mを超える巨狼が、天に向かって一鳴きした。

 直後タイルを踏み砕いたガルムが、弾丸のような速度で飛び出す。固まっていた白チームの一人が、上半身を食いちぎられて宙を舞った。二人目は殴り飛ばされてバラバラになり、三人目は体当たりされて柱の染みになる。それは最早勝負と呼べるものではなかった。殺戮であった。蹂躙であった。罪を償うための、惨憺たる裁きであった。


「……ガルムさ、体の大きさに比例して、凶暴性も増すんだよね。あの状態になると、僕でも手をつけられなくなる」


 新宿中央公園で訓練していた頃、一度だけあの形態になったことがある。

 ヤンキーに因縁をつけられ、僕が殴られた時だ。あの時は酷かった。そこら中に飛び散った肉片で、原っぱが赤く染まったのだから。僕から手を出したわけではないから厳重注意で済んだが、清掃が大変だと鴉にも怒られた。あの時から、この形態はよっぽどなことがない限り封印している。二回目のゲームで最後に使ったが、正直ヒヤヒヤしていた。


「初耳なのだけれど?」


「初めて話したからね」


 九十九の予想通り、飼い主を叩こうと数人のプレイヤーが突っ込んでくる。しかし彼らの足元に矢が刺さった瞬間、地面ごと炸裂、そこに矢の雨が降り注いだ。


 手を振る九十九を目に、篝は鼻を鳴らす。


「対小僧のために作ったのによ。まさか守るために使うことになるたぁなッ」


 カカカッ! と岩男に刺さった矢が、爆発して岩の鎧を吹き飛ばす。逃げようとした元岩男が、ガルムに蹴り飛ばされて壁まで飛んでいった。最後に残った箱にゴリゴリと噛み付いているガルムだが、どうやら流石に硬いらしい。ムカついて地団駄を踏んでいる。


 異能が戻り始めた黒月は腕を回し、一発、本気で箱を打ち抜いた。ガラスが割れるような音と共に箱が砕け散り、箱男が白目を剥いて吐血する。

 ……拳が割れているけど、まぁ満足そうだし大丈夫か。


 ……春國は九十九と黒月を前にメガネを外し、深い溜息と共に天を仰いだ。


「……ここで、終わるのか」


「先生でも死ぬのは怖いんですか?」


「死ぬのは怖くない。ただ、君のような人間に殺されるのが、心底腹立たしい」


「ざまぁないですね」


 九十九は血で汚れた手をズボンで拭き、春國に差し出した。


「……何のつもりだい?」


「春先生、僕はね、あなたに感謝はすれど、恨んだことなど一度もありませんでしたよ」


「……」


「でもあなたは、僕を傷つけるために、僕の大切な人を傷つけようとした。そんなのもう、殺すしかないじゃないですか」


 残念そうに笑う九十九を、春國は忌々し気に笑う。


「……先に地獄で待っているよ」


「ここより楽しい場所だと良いですね」


 春國が手を差し出そうとした瞬間、彼の体が浮いた。


「え?」と九十九が見上げた時には既に遅し。春國の上半身を咥えたガルムが、彼をメチャクチャに振り回している最中であった。ちぎれて飛んでいった下半身と、ペッと吐き出された涎まみれの上半身。

 ……褒めてくれと言わんばかりに伏せをするガルムを見て、篝は爆笑し、黒月は「最高ねあなた」と下顎を撫で、九十九も溜息を吐き苦笑した。


「よくやった。ハウス」


 ガルムの消失と共に鳴り響くファンファーレ。九十九達一行は、天使と悪魔の扉を潜り、レッドカーペットを進む。昇降機に乗ると、足元の円盤が滑らかにせり上がり始める。


 黒チームが会場に姿を現したその瞬間、――観客席が爆ぜた。

 割れんばかりの咆哮、咽び泣く者、拳を天に突き上げる者、旗を振る者、名前を連呼する者。熱狂という言葉すら追いつかない、原始的な感情の坩堝。紙吹雪の如く渋沢が舞い、スクリーンには最終ゲームのハイライトが何度も再生されている。


 観客の仮面に反射した光で視界が七色に染まり、快楽物質に脳を侵され、音がどんどん遠くなっていく。まるで世界の中心に立っている感覚。まるで世界の全てに必要とされている感覚。


 九十九が片腕を突き上げると、呼応するように大歓声が湧き起こる。


 ……あぁ、これだ。


 この、命が燃える感覚。

 間違いない。

 ここだ。

 こここそが、




 ――僕のいるべき場所だ。




「本ゲームのジョォオカァアア‼︎ 九十九プレイヤーに一言、あら⁉︎」


「依絆くん? 依絆くん⁉︎」


 腕を突き上げ、満面の笑みを浮かべたまま、九十九は出血多量で気絶していた。



「ッ担架ーー‼︎」


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