最終話
……湿った生肉が以下略。
「ぶぅわっ。口は舐めるなって言っただろ⁉︎」
「ハゥッ、ハゥッ」
飛び起きた九十九を見て、アゲパンが楽しそうにベッドの上で跳ね回る。
「はぁ……、おはようアゲパン」
「ヴァゥ!」
時刻は午前七時。背中をよじ登ってくるアゲパンを肩車したまま、スリッパを履いて洗面所へと向かう。蛇口をひねって洗面台に頭を突っ込み、跳ねまくった髪ごと顔を洗った。
「ふぃ〜……ぼうばびびぼう(今日何しよう)」
水のカーテンの中で、九十九はぼーっと考える。
イベントから二日。そろそろ疲れも取れてきたし、訓練を再開しようか。いや、夏期講習も始まったことだし、今日は自習に使うか? ……だな。はぁ、塾行くかぁ。
髪を拭きながらリビングへの扉を開ける。
「おはよう母さん」
「あら、おはよう。早いわね」
ソファでニュースを見ていたオフの日の母が、コーヒーに口をつける。
「今日休みでしょ? もう少し寝ていたら?」
「……母さんはそんなこと言わない!」
「今すぐ着替えて塾に行って一時間ごとに進捗を送りなさい」
「ごめんなさい」
母は笑いながら立ち上がり、冷蔵庫から鍋を取り出す。逆に九十九はソファにドカッと座り、飲みかけのコーヒーを勝手に啜る。
「ビーフシチューで良い?」
「うん」
とその時、ニュースに知っている顔が映って一瞬驚く。
「やっぱり依絆の学校の先生よね? 自殺ですって。最近多いわね」
「んー」
九十九は適当な返事をしつつ、春國の最後を思い出して複雑な顔になる。
あんな尊厳のない死に方は、流石に僕もしたくない。てかこういう処理のされ方するのか。九十九は感心しながらテーブルに着き、母とアゲパンと朝食を食べ始めた。
食べ終わった皿をシンクに置き、洗面所で歯を磨いて部屋に戻ると、スマホが震えているのに気づく。九十九は表示される名前を見て、寝っ転がりながら通話ボタンを押した。
「ふぅ、今夏休みだよ? 起きるの早くない? あと何でいつもビデオ通話なの?」
「あなただって起きているじゃない。それに、朝から私の顔を見られて幸せでしょう?」
「はいはい、眼福眼福」
「今から家に行くわ」
「ごめんて」
マジで来そうな目をしている黒月を見て、九十九は慌てて体を起こす。そんな彼女の後ろから、寝起きで髪の跳ねた姫が覗き込んできた。
「おは〜九十九さん!」
「おは〜姫ちゃん。元気?」
「もち! 九十九さん今日暇?」
「いきなりだね。塾で自習しようかと思っているんだけど」
「暇じゃん」
「暇ね」
「暇かぁ」
喜びの舞を踊っている姫に、九十九は苦笑する。
「今日引越しなの。荷解き手伝いなさい」
「雑用じゃん。てか物件決まってたんだ。おめでとう」
「ええ。あなたにも出してもらったわけだし、感謝として一番に招待してあげるわ」
「招待という名の雑用ね。まぁ光栄ではあるから、甘んじて受け入れるよ」
「やった!」
「受け入れる以外の選択肢はないわよ」
「せめて君も、姫ちゃんみたいに可愛気のある反応をしてくれ」
集合場所と時間を決め、九十九は電話を切る。
図らずとも、今日の予定が決まってしまった。それから九十九は本を読んでゆっくりと過ごし、時間になったら着替えて靴を履く。
何を想像しているのやら、ニヤニヤしている母とアゲパンに見送られ、九十九はドアを押した。
「じゃ、行ってきます」
〜Fin〜




