第39話
三日後。
九十九は次のゲームに向けて準備を始めていた。
あの鴉さん曰く、一ヶ月に二回の参加でも充分に多いとのこと。三回を超えると大幅に死亡率が上がり、それ以上となると中毒や精神異常と見做され、ドクターストップがかかることもあるらしい。思ったがここの運営、嬉々として人を殺し合わせている割には、プレイヤーへの福利厚生が手厚い。目的を遂行するためのサポートが充実していることが、良い会社の特徴だと母さんも言っていた。目的を度外視すれば、TERRARIUMはホワイト企業だ。
「ッグルァ‼︎」
「く⁉︎」
ピンク色のネオンの中、二つの影がぶつかり合う。
九十九が咄嗟に構えた左腕に、跳躍したガルムが噛み付く。その咬合力に一切の手加減はなく、アーマーを着ていなければ肉が抉れ骨に罅が入るレベル。
九十九は全力で左腕を振り抜き、コンクリートの柱にガルムを叩きつけた。
「ガゥア⁉︎」
鈍い音が鳴り、ガルムの口が彼の腕から外れた。九十九は大きく転がって距離を取り、振り向くと同時に腰裏に右手を忍ばせる。
ガルムもすぐさま振り向き、ジグザグに走り突貫。九十九の首めがけ牙を剥いた。
――瞬間抜刀。
「――ッフゥ‼︎」
「グルギャウッ⁉︎」
九十九は牙を躱すと同時に死角から振り抜いたシースナイフで、ガルムの下顎から尻にかけてを掻っ捌いた。
しかし不安定な体勢から攻撃したせいで、九十九の次手が遅れる。背後で鳴る――ジャッ! という爪が地面を蹴る音。
「まず――ッ⁉︎」
振り向いた時には、既にガルムの牙が九十九の首に食い込んでいた。
チャラい間接照明で照らされた地下施設に、咳き込む声が反響する。
ここは黒月さんが見つけてくれた、僕達の秘密の特訓場だ。二日前までは輩が溜まり場にしていたらしいが、平和的に話し合ったら譲ってくれたとのこと。地面に染み付いた赤い斑点は、たぶんケチャップか何かだと思う。
彼女のような身体強化系は、どこからが異能なのか判別が難しい。ペナルティを受けないよう、充分に気をつけてほしいものだ。まぁ、僕も人のことは言えないけど。
「ゲホッ、ゲホッ、だぁ〜油断した〜」
「ハッ、ハッ、ハッ、ガルァ!」
「あぁ、またお前の勝ちだよ」
九十九はバッサリと裂けたガルムの脇腹を一撫でし、傷を閉じる。
ガルムもアイギス同様、衝撃や斬撃は伝わるが、痛覚も出血もなくすぐに再生する。人間よりも優れた感覚器官と、獣の俊敏性を持ち、僕がいる限り不死の相手。これほど実戦に向いた仮想敵もまぁいない。本気でやる分装備の消耗が激しいが、仕方ない。必要経費だ。
「いつつ、ちょっと本気で噛みすぎじゃないか?」
「ヴァゥフ」
首をさすりながら立ち上がった九十九は、リュック横に置いておいたペットボトルを拾い、蓋を開けながらソファに腰を落とす。
輩の秘密基地だっただけあり、それなりに綺麗だし、案外レイアウトもちゃんとしてある。広さはだいたい学校の教室二つ分。照明は今のところネオンピンクとネオンブルーしかないので、目がチカチカする。天井から吊り下げられたサンドバッグに、どこから持ってきたのやら古いトレーニングマシンやダンベルまであった。天井と床を繋ぐ二本のコンクリ柱や壁に貼られていた卑猥なポスターは、彼女によって既に引き裂かれている。何より電気が通っているのがありがたい。そのおかげで、夏でも蒸し風呂にならずに済んでいる。
喉を潤した九十九から空のボトルを受け取ったガルムが、向かい側にある棚の上にボトルを立てた。
ここら一帯は、利権関係で取り壊されずに残っている空きモールらしい。立ち入り禁止だから人は寄ってこないし、輩が屯していたのを見るに、まともに巡回もしていないのだろう。それに……。
九十九はボトルに狙いを定め、拳銃を発砲。しかし弾丸はボトルの蓋を掠め、後ろの顔面を引き裂かれたグラビアアイドルの乳首を抉った。
……この通り、防音もバッチリだ。
「ヴァフ」
「……今笑っただろ?」
いつも通り跳弾を体で受け止めたガルムが、口を尖らせる九十九を鼻で笑う。
とそこで、ソファ横のドアが開き、ビニール袋を持った黒月が入ってきた。
「今日は早いわね、依絆くー……ん……」
彼女の視線が九十九の構える銃口を辿り、その先の的へと行き着く。コンクリート片をパラパラと落とす、穴の空いた乳首へと。
「……誤解だ」
「まだ何も言っていないわよ。この変態」
ゴミを見る目で見下され、九十九は両手を上げて口を閉じる。
ここから何を言おうと挽回は無理。ならばこの汚名、甘んじて受け入れよう。
黒月はビニール袋をソファに置き、ガルムを撫でて小部屋に入った。ビニール袋の中には、スポーツドリンクや軽食が入っている。いつも順番で買い溜めしているのだ。
九十九がスマホを弄っていると、小部屋から彼と同じ種類の軽装備に着替えた黒月が出てくる。
「手伝いなさい」
「はいはい」
彼女のストレッチを手伝いながら、九十九は目にうるさい照明を眺める。
「明日買ってこようと思うんだけど、どんなのが良い? 照明」
「暖色と寒色を切り替えられるやつ。あと冷蔵庫も置きましょう?」
「良いね。どうせなら『購買』で買ってみる?」
「オーバースペックよ。防弾の冷蔵庫とか使い道分からないでしょ?」
「そんなのあるんだ」
ストレッチが終わった後、九十九は再びソファに座ってスマホを弄る。
さっきから鳴り続けている破裂音は、彼女がサンドバッグを殴っている音だ。あれがくの字に折れ曲がることを、僕はここに来て初めて知った。バーベルを片手で振り回し、ダンベルでリフティングをし、ウォーミングアップを済ませた彼女に、九十九がスポドリを投げ渡す。
「……見て。来たよ」
ニヤリと笑いスマホを指差す九十九の横に、黒月がドカッと腰を落とした。
「例のイベント招待状?」
「うん。開催は二週間後。タイムリミットは無制限で、招待人数は二百人」
「多いわね」
イベントとは、半年に一回のペースで開かれる運営主催の大規模ゲームである。
通常のゲームとは違い、参加には招待状が必要になる。有望な新人、中堅、ベテラン、道化、噛ませ犬、あらゆるジャンルから運営が選抜するのだ。勿論断れるが、クリアした時の恩恵も凄まじいため、だいたいのプレイヤーが承認する。
因みに、参加回数二回のほぼノービスが招待されたことなど、過去に一度もない。
「無制限の二百となると、サバイバルかな?」
「どうかしら、過去には百人規模のコンバットもあったらしいわよ?」
「絶対参加したくないな、それ」
クピクピと喉を鳴らした黒月は、自分のスマホにも招待が届いているのを確認する。
「どうする? 最後の一人まで殺し合え。とかだったら」
「鴉に聞いたけれど、そういうゲームは作らないらしいわ。まぁ考えてみれば当然よね」
「何で?」
「クラン制度よ。クリア回数が五回に達すると、クランの設立、加入権を得られるの。要するに、公式がチームアップを推奨しているのよ。だからどのゲームも、必ず複数人が生き残れるように作られているわ」
「あー、確かに書いてあったねそんなこと。興味なくて読み飛ばしてた」
「……チッ、あなたってたまに本当にムカつくわね」
「酷くない?」
九十九は立ち上がる黒月の背中に首を傾げてから、画面に映る招待状を再度見つめる。
「……イベントがイベントだからね、ワンチャン、ここで僕達はゲームオーバーだ。それでも参加する? っと」
黒月から投げ渡されたスマホをキャッチすると、そこには既に『参加』の文字が表示されていた。これが返答だ、と言わんばかりに。
「ハハッ、だよね」
九十九も迷いなく参加ボタンをタップし、スマホをソファに放り捨てた。




