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DEATH TERRARIUM  作者: 美味いもん食いてぇ


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第35話

 ……で、成り行きで来てしまったわけだが……。

 ビニール袋を持った九十九が見上げる先には、木造の小さなアパートが建っている。新宿から電車で一本、高田馬場から徒歩二十分ほど。閑散とした川の近くに、彼女達の家はあった。

 ……というか男友達の家にも行ったことないのに、いきなり女性の家にお邪魔なんて、流石に不健全ではなかろうか?


 緊張して一歩を踏み出せないでいた九十九を見て、妃永が鼻で笑う。


「悪かったわね、ボロ屋敷で。せいぜい貧困家庭の苦しみを味わいなさい」


「ちょっとお姉ちゃんっ、またそうやって意地悪言うんだから! 九十九さんこっちこっち〜! 狭いけど上がって〜」


「お、お邪魔します」


 姫に促され、一階の端の部屋にお邪魔する。

 ……女性の部屋に入って最初に感じたのは、凄いピンク。だった。玄関からダイニングまで、もう全部ピンク。続いて花園のような甘い香りが鼻腔を撫で、九十九の中にえも言われぬ罪悪感のようなものが生まれる。もしや、僕は踏み込んではいけない場所に入ってしまったのではないか? 禁足地、そう、ここは禁足地だ⁉︎


「アホ面晒していないで、さっさとどいてくれる?」


「あ、はい。お邪魔します」


 九十九はそそくさと靴を脱ぎ、姫の背中を追いかけた。ビニールをキッチンの横に置き、手を洗い、用意された座布団の上に正座する。「着替えるからちょっと待っててね!」という姫の言葉と共に、ダイニングを二分するカーテンが引かれた。なるほど、こうやって個人の空間を作るのか。


「覗いたら目くり抜くわよ」


「心外だな。僕を何だと思っているんだ」


 ……とは言ったものの、聞こえてくる衣擦れの音に居た堪れなくなり、九十九は耳を塞いで後ろを向く。

 部屋全体殆どピンクで溢れているが、目の前にある学習机周辺には物が少ない。九十九は直感した。こっち側が黒月さんの部屋だな。悪いとは思いつつも、一つ一つの私物に目が行ってしまう。机の上にある写真立てには、ぎこちなく笑う妃永と、満面の笑みの姫が写っている。あんな性格でも、妹を想う気持ちはちゃんとお姉ちゃんらしい。感動すると同時に、九十九の中に生まれる疑問。……親の影が、一切ないのだ。うちも片親の家庭だし、色々あるのかもしれない。この話題は出さないように気をつけよう。


「ちょっと、ねぇ、なに人の机ジロジロ見ているのよ? 変態」


 声に振り返ると、眉間に皺を寄せた妃永が仁王立ちで立っていた。それも、あの時二人で買った部屋着コーデで。


「可愛い」


「なっ、はぁ⁉︎」


「わぁ〜大胆〜」


 眉間の皺を一瞬で霧散させて焦り散らす姉を見て、姫はニヤニヤとカーテンを開いた。


「ごめん、口が滑った」


「バカじゃないのっ?」


「はいはいお姉ちゃん、イチャイチャしてないで手伝ってねー」


「していないわよ!」


「九十九さんは休んでて! お客さんなんだから」


「……ふんっ。女の子二人を働かせて、あまつさえタダ飯を食らおうなんて、良い御身分だことね」


「お姉ちゃん! め!」


 ……どうしろと?

 立ち上がろうとした九十九は、そのまま座布団に座り直す。エプロンをしてキッチンに向かう二人の後ろ姿を、ソワソワしながら見守るのだった。


 そして数十分後。

 食卓に並ぶ、麻婆豆腐、餃子、サラダ、スープ、白米という豪勢な中華料理の数々。九十九が食欲を唆る香りに圧倒されていると、姫が心配そうに覗き込んでくる。


「男の子って中華好きだと思ったんだけど……もしかして嫌だった?」


 九十九は姫の目を見つめ、ゆっくりと首を横に振る。


「そんなわけないでしょ? 美味しそうすぎて涎が止まらないよ」


「あはっ」


 三人で食卓を囲み「「「いただきます」」」と合掌する。二人の視線に気づいていないふりをしながら、九十九は麻婆豆腐を口に入れた。途端、口内に溢れる複雑に調和した辛味と、味の染み込んだ豆腐と挽き肉の三重奏。


「うんっま⁉︎」


「うひひっ、だってお姉ちゃん?」


「……ふんっ」


 そっぽを向き髪を弄っている妃永を笑い、九十九はちょいちょいっと姫を呼ぶ。


「姫ちゃん姫ちゃん、シェフを呼んでくれ」


「承知しましたぁ。シェフー! シェフお呼びですよー!」


「あぁもううるっさい!」


 恥ずかしそうに頬を染めた妃永が、九十九を睨みつける。


「依絆くん、あなたの家で食べた麻婆豆腐と、どっちが美味しいかしら?」


「えっ、お姉ちゃんいつの間に九十九さんの家行ったの⁉︎ あ、だから最近麻婆豆腐と唐揚げの日多かったんだ〜」


「黙っていなさい! で、どうなの?」


 ……道理で僕の好きな味付けなわけだ。九十九は彼女の眼光を正面から受け止める。


「味付け、辛さは驚くほど完璧。加えて僕の舌に合わせてくれようとしたその気遣いに、同年代の女子が作ってくれたという、誰もが憧れるシチュエーションも含めて、こっちの方が美味しいかな」


「……ふん。とんだ変態ね」


 そっぽを向いた妃永をニヤニヤと笑いながら、姫がテーブルに乗り出す。


「九十九さんっ、私の作った餃子も食べて食べて!」


「勿論。うんっっまぁ⁉︎」


「イェ〜イ!」


「……ちょっと、私の時より美味しそうじゃない?」


 ハイタッチする九十九と姫を見て、妃永がムッとする。そんな妃永を二人で笑い、脛をつねられる。こんなに騒がしい夕食は初めてだった。


 さっきまでの悩みなど忘れ、九十九は今この時を存分に楽しんだ。


 夕食後。

 九十九は一人シンクで食器を洗っていた。流石に全て任せるわけにはいかんと、九十九自ら名乗り出たのだ。廊下の方からは、シャワーの音が響いてくる。なるべくそちらに気を向けないよう、慣れない手つきで皿を洗っていると、視線を感じて顔を上げる。クッションで休んでいた姫と、バッチリ目が合った。


「あはは、バレちった」


「ふふっ、今日はご馳走様。本当に美味しかった」


「お粗末様〜」と寝返りを打った姫が、クッションに顎を乗せて九十九を見つめる。


「……九十九さん、お姉ちゃんのこと好き?」


 皿を洗う手が一瞬止まり、……また動き出す。


「いきなりだね」


「そうかな〜、そんなことないと思うけど。で? どうなのどうなのっ?」


 九十九は少しだけ考え、苦笑しながら次の皿を取った。


「……好き、だと思うよ」


「おお!」


「友達として、仲間としてね」


「おお……」


 露骨に不満そうな姫の顔に、思わず笑ってしまう。ただでさえ女子はこういう話題が好きなんだ。気難しい姉と仲良くしている男がいたら、勘違いもするだろう。


「言ったでしょ? 僕達はただの協力者。姫ちゃんが期待しているような関係じゃないよ」


「む〜〜。仮想通貨? FXだっけ? 私にはそういうの分からないけど、まさかお姉ちゃんがそっちで成功して、友達までできてるなんて知らなかったよ」


 アドリブで乗り切った結果、こうなった。現在僕と黒月さんの職業は、学生トレーダー的な何かとなっている。

 姫は仰向けに寝っ転がり、クッションを天井に投げる。


「……こんな豪華な食事を食べれるよになったのも、実は最近なの。二週間くらい前かな。お姉ちゃん、いきなりお寿司買って帰ってきてさ。すっごい嬉しそうで、私も嬉しくなっちゃって、高いお寿司なんて初めて食べたから、泣いちゃってさ。ふふっ」


 彼女の独白をBGMに、九十九は微笑みながら手を動かす。


「ほら、見て分かると思うけど、うち超貧乏じゃん?」


「じゃん、と言われても……」


「あははっ、ごめごめ。……私達ね、小学校の頃に両親から引き離されて、それからずっと二人で生きてきたの」


「な、え?」


 予想外の話に、九十九は危うく皿を落としそうになる。


「引き離されて?」


「うん。私達の両親ね、とんでもない酒狂いと男狂いだったの。それで殆ど育児放棄みたいな環境で育てられたんだけど、ある日マジで身の危険を感じた時があってさ、その時お姉ちゃんが守ってくれたの。それで傍観していた警察とか児相もようやく動いてくれて、親から引き離されて施設に入ったんだよね」


 ……。

 流しっぱなしになっていた水道を止め、九十九は最後の皿をラックに置く。……彼女達に、そんなバックボーンが……。


「ひ、引き取り手は」


「いるわけないじゃん。皆自分の家庭があるし、誰もカス親の子供の面倒なんて見たくないもん。それに……」


 一瞬言葉を詰まらせた姫は、「ううん、それは関係ない。お姉ちゃんを分かってない奴らが悪い(ボソ)」と自分を含めた全てに言い聞かせるように呟く。


 終始明るかった彼女が持つ、ドス黒い影。見てはいけないような気がして、九十九は咄嗟に視線を逸らした。


「その時からだと思う。お姉ちゃんが、高圧的に振る舞うようになったの。私もよく言われたから。大人も、子供も、老人も、誰も信用しちゃいけないって。全員敵だって」


 九十九は手を拭いて姫の前に座り、優しく頷いて続きを促す。


「だけど施設でも上手くいかなくてさ、お姉ちゃんが高校に入ると同時に出たの。私もバイトするって言ったけど、お姉ちゃんに絶対やらせないって怒られちゃってさ。こっそり探してみても、やっぱり中学生にできるバイトなんてなくて、怪しいのかエッチなのしかなくて、パパ活する勇気も出なくて、今日までずっとお姉ちゃんに負担かけさせてきちゃったの」


「うん」


「それでも来年で私も高校生だし、やっとお金稼げるって思ってたら、お姉ちゃんまた一人で頑張って、結局私の力なんて借りないで成功しちゃって。あ、嬉しいんだよ? 嬉しいんだけど、……これじゃあ私、本当にお荷物でしかないよねって」


「それは違うよ」


 顔を上げる姫の瞳を、九十九は正面から見つめ返す。


「僕みたいな部外者が、君達の過去に口を出すのは間違っていると思う。でも、それだけは違うと断言できるよ。付き合いは短いけど、お姉さんほどまっすぐな人間を、僕は見たことがない。彼女は、彼女が必要だと感じたことしかやらない。つまり、姫ちゃんを守ることは、お姉さんにとって何よりも優先するべきことなんだよ」


 驚いたように目を丸くする姫が、嬉しそうに微笑む。


「……優しいね、九十九さん。それに、本当にお姉ちゃんのこと分かってる」


「命を預けた仲だからね」


「ふふっ、何それ」


 クスリと笑った姫の顔を見て、九十九も脱力してクッションに寄りかかった。


「あ〜ダメだな〜私、そんなこと分かっている筈なのに、九十九さんの優しさに甘えちゃった。ごめんね」


「いいよ。でも、そんな大切な話を、どうして初対面の僕なんかに?」


「はいそこ」


 ビシッと指をさされ、九十九はたじろぐ。


「今まで、お姉ちゃんが人と仲良くしたことなんてないの。ましてや男の人となんて、天地がひっくり返ってもないと思ってた。そんなところに現れたのが、はい」


「僕、だった?」


「うん。……私はこんな性格だからさ、人と関わるのが好きだし、できるなら沢山の人と仲良くなりたい。でもお姉ちゃんは、一人で戦おうとするし、一人で戦えちゃうだけの強さを持ってる。たぶん、私がいくら頑張っても、お姉ちゃんの気持ちは分からない」


「……」


「それに、私はどこまで行っても庇護対象だからさ、お姉ちゃんが背負っている物を、隣に立って持ってあげることができない。お姉ちゃんがそれを許してくれない。……でも、九十九さんなら、お姉ちゃんが唯一心を開いた九十九さんなら、それができると思うの!」


「……僕に、彼女の重荷を背負って欲しいと」


「っ初対面の人に、わけ分からないこと言ってる自覚はあるの! でも、こんな夕食初めてだったの! 私だけじゃなくて、お姉ちゃんも笑ってて、そんなことできる人、もう二度と現れないと思うっ。……私にできることなら何でもする。お姉ちゃんに笑ってもらえるならっ、私九十九さ」


「それ以上はやめよう」


「っ……」


 微笑みながらも、されど目の笑っていない九十九に、姫は口をつぐむ。


「君達の姉妹愛には、正直心を打たれた。こう見えて今にも泣きそうだよ。……でも、目的と手段を履き違えちゃいけない。君が一番やっちゃいけないのは、君自身を犠牲にお姉さんを喜ばすことだろう? 何でもやるなんて、そう簡単に口にしていい言葉じゃない」


「……ごめんなさい」


「謝らないで。そもそもお姉さんを誰が支えるかは、姫ちゃんでも、僕でもなく、お姉さんが決めることでしょ? 君が言うように、彼女は強い。化物染みて強い。いやマジで」


「……ぷふっ」


「だから、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ。少なくとも、僕はこれからも仲良くしたいと思っているしね」


 その時、洗面所の方からドアの開く音がした。九十九と姫は顔を見合わせ、お互い唇に人差し指を当てて笑う。


「私、九十九さん以上に魅力的な人会ったことないよ」


「光栄なことで」


「……お姉ちゃんのじゃなかったら、私が欲しかったな」


「へ?」


 パタパタと洗面所に走っていく彼女を見送り、九十九は苦笑する。そしてゆっくりと両手の平で顔を覆い、一つ大きく息を吐いた。

 ……おっっもい。重すぎる! よくこんなデリケートな話でアドバイスまでできたな。今日ばかりは自分を褒めてやりたい。


 九十九はふらふらとキッチンまで歩き、コップいっぱいの水を呷る。

 ……続けなければならない理由が、また一つできてしまった。……できてしまった? 僕はTERRARIUMを続けたいのか? 辞めたいのか? あぁもう、それすら分からなくなってきた。


「……姫ちゃんが思うほど、僕は魅力的な人間じゃないよ」


「何ボソボソ喋っているの? 厨二病?」


 バスタオルを手に現れた黒月は、キッチンでぐったりとしている九十九を一瞥し、姉妹共用のドレッサーの前に座った。


 ……綺麗な長髪を乾かす彼女と鏡越しに目が合ってしまい、九十九は力なく笑った。


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