第34話
《お姉ちゃん》その言葉に九十九は呆気に取られ、黒月と彼女を見比べる。
……そういえば、妹がいるとか言っていたような。言われてみれば、確かに面影がある。顰めっ面の時の口元とか、通った鼻筋とかそっくりだ。
頬を膨らませる妹を目に、黒月姉はバツが悪そうに顔を背ける。
「もうっ。いきなりいなくなったと思ったら、また喧嘩?」
「いいえ、少し話し合っていただけよ」
溜息を吐いた妹が、九十九に手を差し伸べる。
「ほんっとごめんなさい! お姉ちゃん気が短くて」
「よく知っています」
「は?」
「嘘です。寛大で慈悲深いお方です」
「ありがとうございます」と手を取り立ち上がった九十九と、いつもとは違う雰囲気の姉を見比べて、妹は目をパチクリさせる。
「……え、もしかして知り合い? 本当に話し合ってただけ?」
「だからそう言っているじゃない」
「否定はしません」
「うっわぁごめんなさい!」
勢い良く頭を下げる妹に、なぜか姉は得意気な顔をしている。君の日頃の行いのせいだろうに。九十九は「いえいえ」と外行きの笑顔を浮かべる。
「……でも、じゃあ何でひっくり返って?」
「……」「……」
「……彼、ひっくり返るのが趣味なのよ」
「へ〜、変わった趣味ですね!」
はい、たった今この世に変態が一人生まれました。純粋って怖い。ニコニコしている妹に、ニコニコしている九十九を、眉間に皺を寄せて睨んでいる姉。
……九十九の背後の洗濯乾燥機から、終了を知らせるマヌケなメロディーが流れた。
洗濯物をリュックに詰めた九十九が、「では、」と帰ろうとすると、当然のように妹に引き止められる。
「あの、私黒月 姫って言います! 姉がいつもお世話になっています!」
「ちょっと、」
「九十九 依絆です。お世話になられています」
「殴るわよ?」
脛へのローキックを躱しながら、九十九は姫とお辞儀し合う。
顔を上げた姫は、口をニマニマとさせながら妃永の右腕に抱きついた。
「ちょっとお姉ちゃんお姉ちゃんっ、いつの間に友達できたの⁉︎ しかもこんな良い人、はっ、まさか彼氏⁉︎ 彼氏なの⁉︎」
「っは⁉︎ ちょ、黙りなさいバカ! そんなわけないでしょ!」
「うわぁお姉ちゃんが動揺してる⁉︎ 初めて見た! 絶対彼氏なんだぁ‼︎」
コソコソボソボソと取っ組み合っている姉妹を眺めながら、帰るタイミングを見失った九十九はベンチに腰掛けた。……気まず。
「ちょっと依絆くん! あなたも否定しなさい!」
「名前で呼んでるー⁉︎ お祭りだー! お赤飯買わなグェ⁉︎」
顔を赤くした妃永が、テンションの上がった姫をヘッドロックで抑える。
「ふぅ、いい加減にしなさい姫。依ず……九十九くんにも失礼でしょ」
「依絆くんで良いよ」
「うるさい!」
姉妹なのに、性格も見た目の派手さも真反対だな。腕をタップして解放された姫は、「お姉ちゃんマジ力強すぎっ」と咽せながら苦言を呈する。
そりゃそうだ。君の姉がその気になれば、象の頭すら爆散させられるんだぞ?
スクールバッグを持ち直した妃永が、動揺を誤魔化すように髪を耳の後ろにかける。
「ごめんなさいね、見苦しいところを見せたわ」
「結構面白かったから大丈夫」
「ねぇねぇ九十九さん! 九十九さんはお姉ちゃんと付き合ってるの⁉︎」
「姫っ⁉︎」
「あはは。残念ながら、僕達はそういう関係じゃないよ。ただの友達、仕事仲間みたいなものかな」
「時間の問題ってことだね!」
「うん、話聞いてた?」
独自の結論を出した姫が、スキップでコインランドリーのドアを開ける。
「あそうだ! 九十九さん今日暇?」
「え? 暇……ではあるのかな」
「じゃあ決まり! うちで夕食パーティーしよ!」
上機嫌で出ていく姫の背中を、二人して見つめる。
「……え?」「……は?」
静寂に包まれた店内に、マヌケな退店音が響いた。




