第30話
……目目が心配と申し訳なさを孕んだ瞳で、二人を見つめる。
木の根に腰掛けた九十九の肩から、ミオが矢を引き抜いた。
「ぅぐっ」
「うわ、エグいねこれ。返しが付いて簡単に抜けないようになってる」
「ふぅ……ふぅ、すみません。囮になってもらったのに、逆に利用されてしまいました」
抉れた傷痕を消毒し、包帯を巻いたミオは、脂汗を流す九十九の肩を優しく叩く。
「何言ってんの。守ってくれたのは九十九君でしょ? それに篝って、確か有名人だよ。名前聞いたことあるもん。そんな奴相手によくやったよ」
「いえ、僕がしくじったせいで、5ptを逃しました。残り五分、プレイヤーもかなり減っている筈です。急がないと」
「あのっ」
立ちあがろうとした九十九を、目目が涙目で止める。
「あ、あとは、一人で何とかしますので、お二人はど、どうか、ここで休んでいてくださいっ。私は大丈夫ですのでっ」
「……その足でですか?」
「はいっ、ッ」
彼女は木に寄りかかりながら、自力で立ち上がり笑顔を浮かべる。
……これほど生気のない笑顔は初めて見た。昔の僕と良い勝負だな。九十九は苦笑しながら立ち上がり、彼女に自分の銃を渡した。
「強がりはよして下さい。ここまで来たんです。最後まで付き合いますよ」
「そうだよ〜。私もう目目ちゃんのこと好きだもん。頼って頼って」
「九十九さん……ミオさんっ、うぅっ、ひぐっ」
「はい泣かない泣かない、時間がもったいないでしょ? でどうする九十九君?」
「……この時間帯だと、たぶん殆どのプレイヤーが10ptを超えています。闇雲に探しても、皆逃げる筈。僕が囮になるので、二人が」
「ヒャッハァ貰いィイッ‼︎」
「ッ⁉︎ 目目さ――ガッハ⁉︎」
「ぁぐ⁉︎ 九十九さんっ⁉︎」「九十九君‼︎ テメェ‼︎」
突如現れた馬の足を持つ男。目目を庇った九十九が、背中を蹴り飛ばされ軽く吹っ飛んだ。
ミオがすぐさま発砲するが、背中に仕込まれた鉄板と防弾ヘルメットに弾かれて致命傷には至らず。逃走を許す。
「カヒュっ⁉︎ (パクパク⁉︎) あー! あー! な、何だ⁉︎ 声が、まいいや! ヒャハッ! とりま10pt達成! あっぶねぇーー!」
「クッソ! 九十九君!」「九十九さんっ、九十九さんっ!」
肺から抜けた空気を必死に吸い込む九十九を、二人が抱き起こす。
「ゲホッゲホッ、はぁ……はぁ……」
アイギスを出そうとした瞬間、とんでもない頭痛に襲われて判断が鈍った。さっきの戦闘で贅沢に使いすぎたな。九十九は礼を言いながら立ち上がり、反省と共に天を仰ぐ。
「ふぅぅ……一回目を思い出すな。ははっ」
「笑ってるよ。こわ〜」
「九十九さん、ポイントがっ」
「余分に取っておいたんで大丈夫です。それに、探す手間が省けました」
九十九は一度深呼吸し、痛みを我慢する準備をする。そして、
「ガルム!――っいっっつぅ⁉︎」
「九十九君⁉︎」
頭痛と立ちくらみで一瞬意識が飛ぶが、ミオの胸に抱き止められて間一髪目を覚ます。足元では、召喚されたガルムが嬉しそうに尻尾を振っていた。
「はぁ、はぁ、ガルム、十秒だ。十秒以上はダメ。良いな? それと生け捕りで頼む」
「ガルァ‼︎」
「よし行け!」
今日一のテンションで駆けていったガルムを、女性二人がポカンと見つめる。
……数秒後、木々の奥から鳴り響く絶叫、命乞い、咽び泣く声。
「見つけたみたいですし、行きましょうか」
歩き始める九十九に、二人は顔を見合わせた。
それから走ること一分。
「……何、これ」
眼前に広がっている光景に、ミオと目目が絶句する。
……両足が根元からなくなり、血だるまになった状態で痙攣している男と、その隣にお座りしているガルム。
深緑に彩られていた筈の辺り一面が、まるで赤い絵の具をぶちまけたかのように血に染まっていた。
「よしよし、偉いぞ〜」
「ヴァゥ!」
赤い景色の中でガルムを撫でている九十九を、ミオは今日、初めて恐ろしいと感じた。
「目目さん、時間がありません」
「え、あ、はいっ」
男の虚な目を見てしまい、一瞬日和った目目だったが、意を決して引き金を引く。その際の男の顔が、とても安らかで。いったい何をされたのか、何を見たのか、恐ろしくなる二人であった。
「……凄かったんだね、ガルガル君。これどうやって?」
ガルムを撫でながら聞いてくるミオに、九十九は何も言わずに苦笑する。
「……(ま、野暮か)。ふふっ、底が知れないね、君」
「ありがとうございます。それと僕もう戦えないので、残り二分、全力で隠れましょう」
三人で大きな樹冠の中に隠れること、二分。
ブザーと共に終了のアナウンスが流れる。
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ゲーム終了です。
10pt以上保持しているプレイヤーは、ゲームクリアです。
10pt未満のプレイヤーには、ペナルティが発生します。
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そういえばペナルティって何だ?
九十九がそう思った直後、同時多発的に爆発音が轟いた。九十九と目目の体がビクッと跳ね、二人で顔を見合わせる。
「あーそっか、二人はまだペナルティ受けたことないんだっけ?」
ミオの言葉に、二人で頷く。
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生存者、及び動ける者は、天井の指示に従って出口へと向かって下さい。これより一切の戦闘行為を禁止します。お疲れ様でした。
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三人は天井に映し出された矢印に従い、出口を目指して歩き出す。
「ゲームをクリアできないと、運営側から半殺しレベルのペナルティをくらうのよ。ペナルティがないゲームもたまにあるけど、そういうのはサバイバルゲームか、ミス=死って感じの無理ゲーね」
「じゃ、じゃあさっきの爆発は」
「このショルダーベルトが爆発したんでしょ。爆発系はよくあるわよ? 派手だし、観客の満足度も高いから」
あっけらかんと答えるミオの横で、ガクガクと震える目目。
九十九は一回目のゲームを思い出し、その条件がどちらにも当てはまっていたことに初めて気づいた。
「死ぬんじゃなくて、あくまでペナルティなんですね。デスゲームなのに」
「そりゃそうよ。観客が一番見たいのは、異能で殺し合う私達だもん。ペナルティはプレイヤーのお尻を叩く舞台装置ってだけ。それに、そんなバンバン殺してたら、プレイヤー足りなくなっちゃうでしょ?」
「……あの威力は普通に殺しにきてるでしょ」
至る所から立ち昇る何本もの黒い煙を眺めながら、九十九は出口を潜った。
レッドカーペットの上を歩き、薄暗い一本道を抜けると、迎えてくれる割れんばかりの大喝采。
……前回と同じく司会が話している中、九十九は目を瞑り、歓声と称賛を全身に浴びる。
この一週間、まるで眠っていたのかと錯覚するほどの心地良さ。心に溜まった疲労が、眠気が、洗い流されていく。
恍惚とした表情を浮かべていた九十九は、少し離れた場所に篝を見つけて顔を引き締める。
ギリースーツもここだと違和感が半端ないが、山の中だとああも面倒になるのだと学べた。何より、強くなった友人と戦っているみたいで、悪い気はしなかった。……負けたのは悔しかったけど。
小さく矢を放つジェスチャーをする篝に、九十九もくらったふりをする。次は味方で会いたいものだ。
「あ、あのっ、九十九さん、ミオさんっ、本当に、本当にありがとうございました!」
百八十度に達するのでは? という勢いで頭を下げる目目に、九十九は満足気な笑みを浮かべる。
ミオも彼女の頭を撫で、柔らかい頬をこねこねした。
「そうだよ〜? ちゃんと感謝してね?」
「はい!」
「それと私からも。ありがとね、九十九君。おかげで命拾いした」
花が咲くように笑うミオに、九十九も微笑む。
「良いんですよ、僕がやりたくてやっていることです。……それに、もう充分対価は得ましたから」
感謝という名の対価。この笑顔が見られたのだから、矢の一発くらい安いものだ。
……担架を持って入ってくる鴉を目に、九十九は再度拍手に身を預けた。




