第29話
……厄介だな、あの気持ち悪ぃの。
ギリースーツを着て草木と同化していた男は、土煙の中に目を凝らし、矢を射る。すぐさま次矢に手榴弾を括り付け、ピンを抜いて射った。
五秒後。爆発と共に、半透明の物質が飛び散るのが見える。
「……ふぅぅ」
男は防弾キャリーケースの中から最後の矢筒を取り出し、スーツ下のベルトに触れた。
手榴弾は残り二つ。実質アレにダメージを入れられんのは、あと二回……。
男は溜息を吐き、矢を三本射り彼らの頭上を旋回させる。
やめだ。分が悪い。あの野郎も、囮のために組んだとは言え、あそこまで使えないとは思わなかった。
男は三本の矢が注意を引いている隙に、カモフラージュネットとその他拠点物資を回収し、キャリーケースに押し込む。
……あの坊主、かなりやるな。何もんだ? 見たことねぇ顔だし、最近関東地区に来たのか?
荷物を纏め終えた男は、旋回させていた三本の矢を特攻させると同時に、手榴弾矢を射った。爆発と一緒に、半透明の肉片が飛び散る。
じゃ、とんずらさせてもらうぜ。
男がその場を去ろうとした時、ふと感じる違和感。間接視野の端で、……何かが動いた。
「――ッッ⁉︎」
銃声と同時に矢を射った男の頬肉を、一発の凶弾が抉った。
っ外した⁉︎
「ッぐぅ!」
左肩に矢が突き刺さるも、九十九は歯を食い縛り全力で突貫する。
ッ次矢を放たれたら僕の負け、隠れても意味がない!
驚愕に目を見開く男に向かって、九十九は走りながら銃を撃ちまくる。
しかし男は咄嗟にキャリーケースを持ち上げ急所を隠し、全ての銃弾を防いだ。
防弾⁉︎ いや、これで良い!
九十九は力の入らない左手に銃を渡し、右手でシースナイフを引き抜く。両手を塞げばこっちのも――
「――ブフッ⁉︎」
一気に踏み込んだ九十九の鼻っ面が、衝撃に血を噴く。
っ何、が⁉︎ 一瞬視界に星がチカつくが、九十九はすぐに理解した。
キャリーケースを蹴り飛ばしたのか⁉︎ マズい⁉︎
盾のなくなった男。体勢を崩された九十九。互いに生まれた一瞬の隙。
「「――ッ‼︎」」
――九十九は後ろ向きに倒れるのを避け、自らバックステップを踏み重心を戻す。同時にナイフを捨て、銃を右手に投げ渡した。
――男は背負った矢筒から矢を抜き、バックステップと同時に弓を引いた。
「……はぁ、はぁ、」
「……ふぅ〜」
……互いに向けられる銃口と矢尻。訪れる緊張と静寂。
……男は矢尻と一緒に、好奇の感情を九十九に向ける。
「俺の勝ちだな、坊主」
「……弾速はこちらの方が圧倒的に上ですが?」
「俺は投射物の軌道を操れる。銃は効かねぇぞ?」
全身人工植物に覆われ、姿が分からない男。唯一見える鋭い眼光を見つめ返し、九十九は鼻で笑った。
「……ハッタリですね。銃弾の軌道も曲げられるなら、あなたは弓ではなく銃を使うべきだ。恐らく速すぎると異能の効きが悪いか、機能しなくなる。僕が絶好のチャンスを外したのは、単純に僕の腕が悪かったのと、あなたの反射神経が優れていたからです」
「……最近のガキってのは、生意気でムカつくな」
舌打ちした男が、「だがよ、」と九十九に再度狙いを定める。
「お前の負けは確実だ。それは揺るがねぇ」
「? 手榴弾以外、僕には効きませんよ?」
「だからその手榴弾を飛ばしたわけだが?」
顎で何かを指した男に、九十九は一瞬戸惑う。
何をした? 気になる。かと言って、馬鹿正直に目線を逸らすわけにはいかない。その方向には、アイギスと二人が……。さっきから微かに聞こえる、ヒュルヒュルという不思議な音。それは、矢の羽根が風を切る音。
「……っまさか、」
「ああ。今あいつらの頭上には、レバーを抑えた状態の手榴弾が飛んでいる」
「いつ、そんな時間は」
「あったろ充分。隠れてる間に縛って、お前がよろついた時に飛ばした」
「よろついたって、そんな一秒足らずで」
「一秒ありゃ充分だ」
……ナメていた、と言わざるを得ないのだろう。目の前の男が、笑ったのが分かった。
「見ていた限り、お前相当なお人好しだろ? このままだとあいつらが爆死するか、お前が串刺しになる。ただ、お前が防御を固めて撃ってきた場合、爆死するあいつらと一緒に俺も撃ち殺される。俺もまだ死にたくはねぇからな。そこで坊主、提案だ」
「提案?」
「痛み分けってことで、お互い引かねぇか?」
驚く九十九に、男は一歩ずつ足を引く。
「……それを信じろと?」
「信じてくれるとありがたい。俺はもうポイント足りてるからな、無駄な危険は冒したくねぇ。あぁそれと、あの気持ち悪ぃのを二箇所同時に出せないのは、その肩に刺さった矢で割れてるからな。下手なハッタリは言」
「良いですよ。受け入れます」
「即答かよ」
銃を下ろした九十九を笑い、男も弓を下ろす。
「面白いなお前。プレイヤーネームは?」
「九十九です」
「やっぱ聞いたことねぇな。何年目だ?」
「先週始めました」
「……ダッハ‼︎ あぁ、あぁなるほどね、ルーキーかよ。じゃあ俺の負けじゃねぇかクソっ、ハハハッ」
矢を矢筒に戻した男は、キャリーケースを拾い爆笑しながら去っていく。その背中のボタンに映し出されている、30ptという数字。
「俺は篝だ。またどこかでな」
「もう会わないことを願いますよ」
後ろ手に弓を振っていた男の指が、ふと上を指す。
九十九が空を見上げた直後、
「っふざけ⁉︎」
目の前に落下した手榴弾矢が、盛大に爆発して篝の姿を隠した。




