第27話
……バタバタと九十九の腕の中で暴れていた女が、数回大きく痙攣して動かなくなる。
「……ふぅ」と息を吐いた九十九は、腕にべっとりと付いた血を振り払い、赤く染まったナイフをズボンで拭きながら立ち上がった。
視線の先には、アイギスで羽交い締めにした男と、荒い息を吐きながらその男に銃を向けるギャルっぽい女性がいる。
ギャルは近づいてくる九十九に気づき、男から視線を外さずに口を開いた。
「はぁ、はぁ、ありがとね。助けてくれて」
「いえ、僕にも都合が良かっただけですから」
「むー! むー‼︎」ともがいている男のボタンには、4ptの表示が。九十九は彼のボタンをタッチし、男から離れた。
「どうぞ」
「むー⁉︎」ダァン‼︎ という発砲音と共に、男が項垂れるように脱力した。
脳天に風穴を開けられた男をその場に置き、九十九は自分のボタンを確かめる。
11pt。よし、これでクリア条件は達成した。あとは0か5ptの人を見つけて、片っ端から助けていく。その報酬として、万が一のための余剰ptを貯める。タイムリミットまで二十分弱。楽しむには充分な時間だ。
九十九は「やった!」と喜んでいるギャルに近寄り、手を差し出す。
「九十九です。同盟を組みませんか?」
「え、良いの⁉︎ マジありがたいわ〜。私ミオ、よろしくイケメン君!」
九十九はミオと握手を交わし、茂みに隠れてガルムを召喚する。
「何この子超可愛い〜!」
「しー、静かに。ガルムが見つけてきた人間を狙います」
「おけおけ(ボソ)」
両手でサムズアップするミオの装備は、九十九とほぼ同じ軽量装備。
武器はハンドガン二丁とナイフか。他人の装備をじっくり観察できる機会などそうない。
九十九が興味深気に観察していると、こちらをジッと見つめるミオと目が合ってしまい、慌てて逸らす。
「てかイケメン君、」
「九十九です」
「九十九君さ、異能バリ強くない? 何あのブヨブヨ」
「……やっぱり強いんですかね? 僕の異能」
「うわっ、自慢? ウザ〜」
クスクスと小さな声で笑うミオに、九十九も苦笑しておく。ギャル難しい。
「どんな願望持ったら、あんな異能が生まれんのさ? あ〜あ、どうせなら私も強い異能欲しかったわ〜。世界ぶっ壊したいとか願ってたら、メチャ強異能生まれそうじゃない?」
ミオは楽しそうに笑っているが、九十九はそれどころではなかった。
……願望? 生まれる? どういうことだ? 九十九は逸る気持ちを抑えつつ、ミオに向き直る。
「ミ、ミオさん」
「ん? 告白? 良いよ」
「違います。今の言葉、異能が願望から生まれるみたいな物言いでしたけど、」
「え? そうだよ? 願望ってかコンプレックス的な? 結構常識じゃない?」
……驚愕の真実である。え? じゃあアイギスも、ガルムも、僕の願望から生まれたってこと? ガルムはまだ分かるとして、だとしたらあのゲル物質はいったい何だ⁉︎ 僕の何から生まれたブヨブヨなんだ⁉︎
目を見開き考え込む九十九を、帰ってきたガルムとミオが「おーい」と枝でつつく。
「あらら、ご主人様固まっちゃったね」
「ガゥ」
ガルムに頬を舐められ、九十九は我に返る。
お、落ち着け。考察の楽しみは後にとっておこう。それより今は、ミオさんのpt集めが先だ。
「すみません。行きましょう」
「よっしゃ!」
茂みから飛び出した二人は、ガルムを追って森を駆ける。銃撃戦の音が聞こえてきたところで、九十九はミオとアイコンタクトを取って左右に分かれた。
「グルァッ‼︎」
「――っあ、ッ⁉︎」「――っ、カヒュッ⁉︎」
緊張状態の中にいきなり獣が現れたら、当然注意はそちらに向く。鳴り響く一発の銃声と、一振りの触腕。一瞬首を抑えた男達が地面に倒れたのは、ほぼ同時だった。
「うぇ〜いナイス〜」
「……思ったんですけど、ミオさん銃の扱い上手くないですか?」
寸分違わず脳天に穴を空けられた死体を見て、九十九は感心する。
「一芸秀でてなきゃ、こんなとこで生き残れないからね〜。異能が弱いと尚更よ」
「呼吸をどうこうする異能ですか? 攻撃の直前、二人が喉を抑えたように見えたので」
九十九の発言に驚いたミオが、指の先っぽで拍手する。
「わぁ、凄いね。一発で見破られたの初めてかも」
「相当強くないですか? それ」
「字面だけならね。でも実際は、声帯を絞めて声を出せないようにする異能なの。その応用で、内喉頭筋をキュッてして、一瞬だけ息を吸えなくしてるだけ」
凄い。異能の解釈を広げて、工夫して使っているんだ。
九十九は感動しながら、アイギスに締め上げられて呻いている男に視線を向ける。
「どうする? 殺しちゃう?」
尋ねられた九十九は、男の背中にある10ptの数字を見て首を振る。
「いえ。この人はもうクリアですから、無駄に殺す必要はありません」
「え、でも殺したらポイント貰えるし、五回ボタン押されても平気になるよ?」
驚くミオと男に、九十九はルールの狙いと自分の信念を端的に話す。そんな彼の話に、解放された男は呆れ、ミオは腹を抱えて爆笑した。
「アハハっ、だから私のこと助けてくれたし、この人は逃すんだ! 何それウケる好きすぎるっ、ぅひひっ」
「……長生きできないタイプだな、お前」
「あはっ、この子に負けた奴が何言ってんだし、マジ強いからねイケメン君?」
「九十九です」
「……チッ、後悔するなよ」
ピョンピョン跳んで去っていく男。……何の異能だろう? 気になって眺めていた九十九の横で、ミオが死体をひっくり返す。
「あちゃ。こいつも5ptだったけど、私粛清されちゃう感じ?」
「僕の理念はあくまで僕に課される誓約です。他人の生き方にまで口を出せるほど、僕はできた人間じゃありませんよ」
「あっかん。マジ好きだわ九十九君。付き合お?」
「ミオさん二十歳超えてますよね? 僕未成年ですよ?」
「うっそ⁉︎ マジかぁ、……いや、でもありっちゃありだわ」
「犯罪ですが?」
「アハハっ。こんなことやってて、法律盾にするとかマジ?」
……論破された。おちょくってくるミオを他所に、九十九はガルムを召喚する。
「ガルム、困っている人探してきて」
「グルル……」
「……ガルム?」
指示を出すも、何やら鼻をひくつかせて歩き回るガルムを見て、九十九は違和感を覚える。
今までガルムが僕の指示を無視したことはない。ということは、それ以上に優先するべき事案があるということ。
九十九が銃に手をかけたのを見て、ミオもふざけるのを止める。
……そこで気づいた。ガルムが嗅ぎ回っている大木の根元に、血が滴っていることに。……赤く濡れた地面から……木の根……木の幹へと続く赤い線。
ガルムの耳がピンと立ち、勢いよく上を見上げた瞬間、
「ガルァッ!」
九十九とミオが同時に拳銃を抜き、樹上に照準を合わせた。
「ひぅ⁉︎ ぁ」
照準越しに見えたのは、足を滑らせて落下する女性。
九十九はすぐに気づいた。彼女が、あの木登り仲間であることに。
「アイギス」
「うぅっ……え?」
ナイスキャッチした女性を、ゆっくりと地面に降ろす。
年は同じくらいだろうか? 血色のない顔には、泣き腫らしたのであろう擦った傷ができていた。そして何より、この血の出所、太腿に空いた弾痕。
九十九の後ろから傷を覗き込んだミオが、彼女に銃口を向けたまま「あちゃ〜」と声を漏らす。
「この血の量、十中八九動脈が傷ついてるね。もうクリアは無理だろうし、ポイントにしちゃお?」
「ひっ⁉︎」
彼女の恐怖と絶望に染まった瞳を見て、九十九は迷いなく銃を下ろした。
そんな彼を見て、流石のミオも「いやいや」と苦笑いする。
「ちょっと、嘘でしょ? まさか助けるとか言わないよね? メッチャ足手纏いだよ?」
「勿論助けます。この方とは面識がありますので」
「あ、そうなの? 友達?」
「似たようなものです」
「え、ぁ」と目を丸くする彼女に、九十九は微笑み、こそっと自身の唇に人差し指を当てる。
こんな場所だからこそ、小さな出会いも大切にしたい。
「はぁ〜〜、ならしょうがないか。今は君がボスだしね。お名前は?」
「あ、えっと、目目です」
地面に片膝を突いたミオが、目目のタイツを破り傷口を観察する。
「良かった。銃弾は抜けてるね」
そう言うと、ミオはサイドポーチから消毒液、ガーゼ、針と縫合糸を取り出した。
……そうか、いざという時のために、ああいうのは持っておいた方が良いな。
頭のメモ帳に書き留めた九十九は、息を呑む彼女から目を逸らす。
恐らくこれから何をされるのか悟ったのだろう。……麻酔なしの縫合は、流石に痛そうだ。
「九十九君、見張りお願いね」
「はい」
「目目ちゃんは自分の腕でも噛んでな〜。声出したら撃っちゃうからね?」
ミオの忠告からほどなくして、押し殺すような嗚咽が、森の一角に微かに響いた。




