第22話
「……今後の方針的なの話し合うんじゃ?」
「黙りなさい」
黙った九十九は、フロア地図の前で腕を組む彼女をチラチラと見る。
「何かお目当ての物が?」
「いいえ。こういう場所来たことがないから、何をすれば良いか分からないわ」
「僕には君が分からなくなってきたよ。え? 服が欲しかったの?」
「依絆くん、どこのお店が良いか選ばせてあげる」
ビル内のパンフレットを渡してくる黒月に、九十九は頭を抱えたくなる。
どういうことなんだ? 僕の服がダサすぎたから、着替えさせようとしているのか? いやでもここレディースだし、常識的に考えて服を買いに来たんだよな? それで何で僕に選ばせるんだ? 女子の好みとか知らないぞ?
九十九は仕方なくお店ごとの傾向などを調べ、黒月に合いそうな服を探しに行くのだった。
そして一時間後。
とある試着室の前に座らされた九十九。
……布一枚隔てた向こうで黒月さんが着替えていると思うと、頭がおかしくなりそうだ。何の拷問だこれは? いや、自分の選んだ服を女子が着てくれるというシチュエーションは、見方によってはご褒美な気も……やめろ九十九 依絆。友達をそういう目で見るな、気持ち悪い。
九十九が己を律していたその時、衣擦れの音が止んだ。
……一瞬の静寂。
一瞬の緊張。ごくりと唾を飲み込んだ直後、カーテンが静かに開いた。
「……どう?」
目を泳がせる黒月が、どこか恥ずかしそうに問う。
柔らかな素材で作られたミルク色の長袖ブラウスに、淡い水色のサーキュラースカートを合わせた夏色コーデ。冷美な黒月と可愛らしさが調和し、とんでもない相乗効果を生み出していた。
……服装一つで、ここまで印象が変わるのか。
瞠目していた九十九は、返事がなくて不満気な黒月をゆっくりと見上げ、両手でサムズアップした。
「凄い、可愛いです」
「っ……あっそ」
今にも上がってしまいそうな口角をヒクヒクと痙攣させる黒月が、「待っていなさい」と再びカーテンを閉じる。
……数分後。
「どう?」
カーテンが勢いよく開かれた。心なしか、黒月の顔も堂々としている。
透け感のある赤いシアーTシャツに、白いワンドパンツを合わせ、ショート丈のレザージャケットを羽織ったストリート感のあるコーディネート。
「カッコよくて美しい! やっぱりあなたには赤が似合う!」
「ふんっ」
シャッと閉じてバッと開く。
「……」
最早聞きすらしない。ノリノリでポージングまでとっている。光沢のある黒色が美しい、シルク製の長袖シャツワンピース。金色のベルトのワンアクセントに、美しい長髪も相待って、まるで夜の女王だ。
「もしここが舞踏会なら、僕はあなたをダンスに誘います」
「ふふんっ」
シャッ、バッ!
白い肩出しフロントブラウスとショートジーンズを組み合わせた、ヘソ出し大胆コーディネート。自分で選んだとは言え、まさか本当に着てくれるとは思わなかった。
お腹のブラックホールに視線が吸い込まれそうになり、九十九が慌てて顔を上げると、
「ふっ」
まるで分かっていたかのように、嘲笑する黒月と目が合ってしまった。
……屈辱だ。
「……言い訳しても?」
「往生際が悪いわよ? 己の醜さを恥じて死に晒しなさい」
「はい。とても似合っています」
シャッバッ!
「……なっ」
最後のコーディネートは、九十九が渡した物ではなかった。きっと黒月が自分で選んだのだろうが、彼が驚いたのはそこではない。……キャミソールの上にダボついたパーカーを雑に羽織り、ホットパンツを合わせた部屋着コーデ。
何がヤバいって、その無防備さだ。女子の部屋着など見たこともない彼にとって、今の彼女はあまりにも刺激が強かった。
咄嗟に目を逸らしてしまった九十九に、黒月は勝利を確信する。
「あら、評価はしてくれないの?」
「……そういう姿は、あまり男に見せない方が良いかと」
「あなただから見せているのだけれど?」
「おっと……今のは流石にドキッとした」
「なら私の勝ちね」
「何の勝負に巻き込まれていたのか知らないけど、もうそれでいいから。はい、着替えて」
「ちょっと」
九十九は無理やりカーテンを閉め、大きく息を吐いて心を落ち着かせる。
「そういえば、言われた通り長袖しか選ばなかったけど、半袖もいくつか持っておいた方が良いんじゃ」
「言ったでしょう? 私寒がりなの」
「いやでもさっき汗かいて」
カーテンの隙間から出てきた顰めっ面に、九十九は両手を上げて口を噤んだ。
それからレジに行った黒月は、当然の如く試着した全てを購入し、当然の如く九十九に紙袋を持たせてビルを出た。




