第20話
それからの四日間は、僕の人生で最も早い四日間だったかもしれない。
学校と塾に行きながら、異能の研究を進める毎日。圧倒的に時間と場所が足りなかった。
だからもっぱら、訓練の時間帯は二十二時以降。
新宿中央公園の北側、特段木々に囲まれた場所でやることにしていた。
散歩がてらアゲパンを連れ、汚れた上下ジャージに帽子を被って林に入る。
「おいで、【Garm】」
「グルァ!」
虚空から現れた黒犬、改めガルムを受け止め、ゴワゴワした体毛を撫で回す。
ガルムは見た目だけなら普通の犬……に見えなくもないから、人目を気にせずに検証できた。
九十九はアゲパンと遊ぶガルムを眺めながら、ストレッチをする。
速度や咬合力はほぼ中型犬と同じ。ただ疲労や空腹、喉の渇きといった概念がないのか、飲まず食わずで三時間遊びに付き合わされた時は流石に驚いた。
それ以上は僕の体力が保たなかったから中断したが、恐らく限界はない。一度深夜に訓練している時、ちょっとした事故が起きてしまったが、……まぁ忠誠心と好奇心が強すぎるくらいで、これと言った欠点もない。総じて優秀すぎる性能と言える。
「ふぅ……よし。ガルム、アゲパン。セット」
「! バゥ」「! グルッ」
その場に並んでお座りした二匹から、九十九は十mの距離を取る。
ポケットからスポンジ製のサバイバルナイフを取り出し、腕のストップウォッチに指を添えた。……そして、
「スタートッ」
ボタンを押した瞬間、三者同時に走り出す。
追いかける二匹と、逃げる九十九。彼は木々を利用して二匹を撹乱しながら、飛びかかってくるアゲパンの脇腹にナイフを走らせる。同時に慌てて前に転がり、足を狙ってきたガルムの牙を躱した。
これが最近ハマっている訓練、実践鬼ごっこだ。最初は獣の速度についていけず、一方的に齧られるだけだったが、最近は二回に一回は反撃する余裕も出てきた。
「クッ⁉︎」
軽快なステップで九十九を翻弄したガルムが、彼の左腕に本気で噛みつき首を振りまくる。
しかし九十九が即座にナイフで三回突き刺すと、口を離しその場にゴロンと転がった。三秒間の死んだふり。その後すぐさま攻撃を再開する。
咄嗟に振り返った九十九は、死角から飛びついてきたアゲパンをキャッチし、そのまま近くの芝生にぶん投げた。
アゲパンが上手に着地し、ガルムが牙を剥いたところで、――ピピピピッという五分タイマーの音が鳴る。
「ふぅ〜〜」
終了の合図。九十九は歩きながら呼吸を整え、置いていたリュックから二ℓペットボトルを取り出す。アゲパンの皿に水を入れて自身も喉を潤し、楽しそうに寄ってくるガルムを撫でた。
その際手首部分がボロボロに破れ、内側のバイクアーマーが露出しているのに気づく。
他の部分も劣化しているのを見るに、そろそろこのジャージとアーマーともおさらばだな。……どうせなら、前々から目をつけていた防具を買ってみるか。
アプリを開き即ポチした九十九は、スマホをリュックの上に投げ捨て立ち上がる。
「ふぅ、ぉいしょっと。ガルム、一旦交代ね」
「グゥゥ」
「また後で呼んであげるから、な? うん、はいはい。じゃ、アイギス」
「(プルプル)」
虚空から現れた巨大なゲル球体をペシペシと叩き、辺りを入念に確認する。
新たな発見として、アイギスとガルムは同時召喚できないことが分かった。場に応じて切り替える必要があるが、その注意点を含めても攻撃、防御、索敵の全てに対応できるのは大きい。
「アゲパン、見張り頼む」
「バゥ」
さて、今日の本題といこう。
九十九はジャージの下に隠していたホルスターから、ハンドガンを引き抜く。
ずっしりとした重みと、冷えた金属の感触。勿論、実銃だ。初心者にも扱い易く、価格も安い、という点からグロックという種類の銃を買ってみたが、まさか八万円で買えるとは思わなかった。こんな物が安価で手に入るとか、銃社会怖すぎる。
「アイギス、僕を包んでくれ」
命令通り、アイギスは九十九を包み込み、完全に密閉する。
半透明の球体の中、九十九は徐に銃を構え、直後――タンッタンッタンッ‼︎ と三発発砲した。
……うん、反動も小さいし、これなら今の僕でも扱える。それに……。
九十九は完全に威力を殺され、ぽとぽとと落ちる銃弾を見てほくそ笑む。
自前の攻撃型異能がない人間にとって、銃火器は生命線だ。きっと、あらゆる場所で銃撃戦が繰り広げられる。九㎜拳銃とは言え、銃弾を防げるというのはかなりのアドバンテージになるだろう。
「ありがとうアイギス。たぶんこれからも凄いお世話になるから、よろしくね」
「(プルプル♪)」
九十九はアイギスを消し、ガルムを呼び戻す。走り回る二匹を他所に銃弾を拾ってリュックにしまい、ハンドガンをホルスターに戻した。
銃の練習もしたいけど、正直今の環境では無理。当分の課題は体力と、アイギスが使えなくなった場合の立ち回り、かな。
「アゲパン、ガルム。セット」
「ハゥッ、ハッ、ハッ」「ガルガル」
となるとやっぱり、この訓練が一番効果的だ。
「スタート!」
駆ける一人と二匹。深夜二時の月明かりが、生き生きとした彼の顔を照らしていた。




