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DEATH TERRARIUM  作者: 美味いもん食いてぇ


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第16話


 ……湿った生肉が二枚、顔の上で這いずり回っている。


 流石に鬱陶しい。

 九十九は逃げるように寝返りを打ち、顔を枕で隠した。しかしすぐに引っ張り取られ、攻撃が再開される。無駄な抵抗を続けていた時、九十九は妙な違和感を覚えた。

 ……アゲパンの毛、こんなに硬かったか?

 手だけで全体像を測るも、やっぱり何だか毛質が違う。いつも聞こえる鼻息も、心無しか多い気がする。


 生肉二枚を押し退け、九十九は大きなあくびをしながら、仕方なく目を開いた。


「……?」


 ……寝起きで視界がボヤけているのだろう。目を擦り、もう一度開く。


「……ん?」


 ……二匹いた。

 犬が二匹。茶色い犬と、黒い犬。片方はアゲパンだが、もう片方は本当に知らない。


「え、誰?」


「グルァッ!」


 アゲパンと仲良くお座りしていた黒犬が、低い声で鳴く。

 真っ黒なゴワついた体毛に、金色の瞳。体の大きさはアゲパンと同じだが、そのフォルムは犬というよりも、もっと原始的な、狼に似た形をしていた。


「ちょいちょいっ、ちょいちょいちょいっ⁉︎」


「グルゥッ、ハッハッ!」


 力強っ⁉︎ 知らない犬に押し倒されていた、その時。


「依絆? 起きたのー?」


「っ⁉︎」


 リビングから聞こえてきた声に、九十九の体がビクッと固まる。

 そうだ、忘れていた。今日は母さんが帰ってくる日だ! 今何時? 十三時⁉︎ マズいマズい! え、どうすんのこれ⁉︎ 絶対怒られるって!


「い、一旦隠れて! そこっ、ベッドの下に!」


「グル? ガルァッ!」


「うるさいってバカ⁉︎」


「ちょっと、依絆? どうしたの?」


 リビングのドアが開き、足音が近づいてくる。テンションの上がる黒犬。悪ノリするアゲパン。

 あ、終わった。部屋のドアノブが動いた瞬間、九十九は絶望した。ドアが開いて――開いて――母が覗き込む。

 直前で消えた黒犬。


「っ⁉︎」


「……ちょっと、どうしたのよ? 汗までかいて」


 消えてしまった友達を探して、アゲパンがフガフガと鼻を鳴らしている。


 冷房に冷やされて冷たくなった汗が、額から頬を伝っていく。

 空気に溶けるようにして消えてしまった黒犬。まるで、アイギスと同じように。九十九は直感で悟った。

 ……僕が召喚できるの、アイギスだけじゃなかったのか。


「ご、ごめん。悪夢見て」


「……そう。お母さんこの後すぐに出ないといけないから、話はお昼ご飯を食べながらしましょう」


「……うん。分かった」


 母の表情を見て、九十九は憂鬱になる。

 ……長くなるぞ、これは。

 その後顔を洗い、食卓についた九十九は、食事よりもまず先に頭を下げた。


「ごめんなさい」


「……何に対して?」


「生活管理をちゃんとしろと言われた矢先に、昼まで寝ていたことに対してです」


「そうよね? 自律性を身につけるためには、まずは生活リズムを整えることが基本中の基本よ。健康と習慣は、人格と判断力に直結するの。この家にいる限り、私が最低限の監督をする義務があるのよ。それが嫌なら、自分の行動に責任を持てるようになりなさい」


「分かっています」


「分かっているなら、なぜそれが実行できていないのか、説明してちょうだい」


「少し疲れていて」


「疲れていたから、という理由で約束を破るなら、社会に出た途端に破綻するわよ。人は疲れていてもやるべきことはやるの。あなたがもし将来、誰かを支える立場になった時、疲れていたからミスしました、では済まされないでしょう? 体力も自己管理能力も、急に身につくものではないの。だからこそ平時の訓練が必要なのよ。あなたがどんなに優秀でも、それを活かすためには、まず土台が整っていないと意味がないの」


「努力するよ」


「努力は結果でしか証明できない言葉よ。私にとっては、平日だろうと休日だろうと、変わらない時間に起きて寝るあなたの姿の方が、百の言い訳よりも信頼に足るわ」


「……はい」


 地獄のような時間が流れる中、カチャカチャと食器の音だけが響く。


「……送ってくれたテスト結果を見たわ。好成績を維持できているのは素晴らしいから、この調子で頑張って」


「うん。ありがと」


「……」


「……」


 ……母さん、飴が少ないよ母さん。

 九十九は心の中で愚痴を言いながら、黙々と料理を食べ進める。

 スマホを確認した母が、「ご馳走様」とナプキンで口を拭い席を立った。


「ごめんなさい依絆、急用が入ったわ」


「うん、仕事頑張って」


「口座に追加のお金入れておいたから、また足りなくなったら言いなさい」


「そのことだけど、もうそんな頻繁にお金いらないから。貰っても使えな」


「……ぇ?」


 食器をシンクに運んでいた母の動きが、ピタリと止まる。

 その顔が、見たこともないほどに悲しそうで、九十九は咄嗟に笑顔を作った。


「あ、いや、僕高校生だし、そんなに使わないからさ。母さんの方こそ忙しいんだから、ちゃんと自分に還元してよ」


「え……あ。いいのよ、子供がそんなこと心配しないで。頑張っている分、好きに使いなさい」


「分かった、ありがとう。行ってらっしゃい」


「ええ、行ってきます」


 少しだけ嬉しそうにリビングを出ていく母を見送り、九十九は一息吐く。

 地雷が多すぎて、何が起爆したのか分からない。……にしても、母さんのあんな顔、初めて見たな。


 九十九は食べ終わった食器をシンクに運び、アゲパンと一緒に自室へと戻った。

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