第15話
真っ白な廊下を適当に進んでいると、近くのベンチに一人の鴉が座っているのが見えた。同時に向こうもこちらに気づく。
「おや、九十九様! ナースコールで呼んでくだされば、お迎えに上がりましたのに」
「え、あぁ、あの、家まで送ってくれると聞いたのですが、」
「ええ勿論。ではこちらを」
渡されたのは、アイマスク。
「乗車までの間、お手数ですがこちらを付けて頂きたく」
館内の経路も秘密ってことか。徹底しているな。
十分ほど歩いた九十九は、車に乗り込みシートベルトを閉めた。「ありがとうございました」という言葉を受け、アイマスクを外す。
高級感のある白基調の後部座席は、足を限界まで伸ばせるほど広い。窓は場所を特定されないためか、珍しく内側に漆黒のスモークがかかっている。そして運転席と後部座席を隔てる厚い壁には、巨大な液晶テレビが付いていた。
車には詳しくないが、リッチなリムジンということだけは分かる。お金持ってるなー。
「車内のフードとドリンクは、お好きなだけお召し上がりください」
「あ、はい。ありがとうございます」
思えば朝から殆ど何も食べていないのだ。そりゃ気絶もする。
九十九は背もたれからシャンパングラスと高そうなお茶を取り出し、小ぶりな寿司桶を開けた。
静かな走行音と心地良い揺れを感じながら、シャンパングラスでお茶を飲む。何だか政治家になった気分だ。
「……あの、質問しても良いですか?」
「勿論でございます。答えられる範囲で答えさせて頂きます」
壁はあるが聞こえてはいるらしい。九十九は頭の中でずっとモヤついてた疑問を、一つ一つ整理する。
「他のプレイヤーは、ゲームに参加する前に説明を受けていたようですが、僕だけ何も知らなかったんですよね。何でですか?」
「……何と。それは私共の失態ですね。私自ら運営に伝えておきます。申し訳ございませんでした」
「ほんと命に関わるミスなので、今後このようなことがないようにお願いします」
「承知いたしました。ご忠告痛み入ります」
「過ぎたことなのでそれはいいとして、招待状が送られる基準って何かあるんですか? 僕の人生で、【TERRARIUM】なんて組織に関わった記憶はないのですが」
「多くは人生を諦めた方や、借金を抱えた方、一攫千金を手にしたい方を中心に、私共から声をかけさせていただいております。
ただ、稀に物質的に満たされていても、精神を満たせない方がおります。暴力、殺人、金、承認、愛。彼らが求める物は様々ですが、そういった方々も対象としております。また、他プレイヤーからの推薦で招待状をお送りすることもあります」
「推薦?」
「はい。九十九様も、気軽に友達を誘ってみてくださいね」
「頭おかしいと思われますって」
九十九は空になった桶をゴミ箱に捨て、ドーナッツとマカロンを取り出す。
「プレイヤーって全員あんなに若いんですか?」
「いえ、今回はそういう趣旨で行われたゲームでしたので。五十人全員がゲーム未経験者で、全員が高校生でした。若いと何かとドラマが生まれますし、顧客の皆様もそういうのが好きですから」
なるほど、だからノービスゲームか。てか五十人もいたのか。
「……思ったんですけど、ノービスゲームにしては難易度高くなかったですか?」
「それ、私も思いました。通常でしたら、あれは確実に全滅エンドです。それを九十九様は、初参加の上で、過去最多人数でクリアなさったんです。協力型サバイバルの中では、間違いなく歴史に名を残しました。もっと誇ってください」
「はは」
マカロン、ドーナッツ、コーヒーを三角食べしていた九十九は、最後の一欠片を完食して「ごちそうさまでした」と手を拭いた。
「最後に。僕の招待状は警察に届けられていたらしいんですけど、これも何か意味が?」
「恐らく変装をしていたのでしょう。一般人にバレないように、鴉が変装することは多々ありますから。ずっとこんな仮面を付けているわけにもいきませんからね」
……それもそうか。まだ少し引っかかる点もないことはないが、ちょっともう疲れた。
「……今聞きたいのはそれくらいですかね」
「九十九様は説明を受けていないとのことですので、今お話しすることもできますが」
「いえ、今は休みたいので。後日データで送ってくれると助かります」
「承知いたしました。では、到着するまでもう暫くお待ちください」
「はい〜」
満腹になった九十九は、再びアイマスクを付けてリクライニングを倒す。心地良い暗闇の中、自ら微睡へと落ちていった。
約二時間後。
肩を叩かれた九十九は、アイマスクを外して車を下りる。寝ぼけ眼には、見慣れたタワーマンションが映っていた。
「それでは、私はここで」
「あ、はい、ありがとうございました」
「改めて九十九様、ノービスゲームクリア、おめでとうございます。今後益々のご活躍をお祈り申し上げます。それとこちら、僭越ながら私の個人連絡先でございます」
「え、あぁ、ありがとうございます」
「私九十九様のファンになってしまいました。鴉には専属契約なる制度があります。もしよろしければ、ご一考のほどを。少々お値段は張ってしまいますがね」
深々と一礼して顔を上げた鴉の仮面が、月光に照らされて怪しく光った。九十九は走り去っていく車を見送り、一呼吸してエントランスに入った。しかしそこで気づく。
……僕鍵持ってないじゃん。呼び出したコンシェルジュが、たまたま僕の深夜徘徊癖を知っている人で良かった。少し驚いた顔をしていたが。
「バゥフッ!」
「うぉっと、ハハっ、ごめんね。ただいま」
マスターキーで自宅の鍵を開けてもらうと、扉の前で寝ていたアゲパンが飛びついてきた。
九十九はふわふわの体毛を撫で回しながら、コンシェルジュに礼を言ってドアを閉める。背中によじ登ろうとするアゲパンを引きずりながら自室に戻り、そのままベッドにぶっ倒れた。
……時計の針は、深夜三時を指している。昨日眠ってから、まだ一日も経っていないのか。
「……色々ありすぎた」
家が懐かしく感じるのは、そのせいだろう。
九十九は仰向けになり、天井に手の平を向ける。いきなり現れたアイギスに、アゲパンが「ハゥ⁉︎」と固まった。
……当然と言うべきか、僕に起こったことは現実だったらしい。部屋に半径二mはあるゲル状の物体が浮遊しているのだ。もう流石に信じる。九十九はアイギスを消し、体を起こした。
「まさか、この世にあんな世界があるとはね。僕はビックリだよアゲパン」
「バゥ?」
「うん。ちょっと遠出していたんだけどさ、実は友達もできたんだよ」
「ハッ」
「おい今笑ったな? ほんとだって。……初めできた友達だったんだけどな、僕を守って死んじゃってさ」
……ありがとう、僕が生きているのは、剣持が助けてくれたおかげだよ。
九十九は溢れてくる涙を拭い、心の中で改めて礼を言う。
九十九は鼻を啜り、涙を舐めてくれるアゲパンを笑いながら撫でた。
「その後も、女王様みたいな女の子と出会ったり、皆と協力して強敵に立ち向かったりしてさ」
あの時感じた高揚感は、今もまだ僕の心を焼いている。
ぽっかりと空いていた隙間に、最後のピースが嵌った感覚。
ようやく僕という存在が、この世界に認められた気がした。
認められた気がしたのだ。
「……ねぇアゲパン」
「ワウ」
遠くを見つめる九十九の瞳は、夏の夜空よりも輝いていた。
「……僕、自分の居場所を見つけたかもしれない」




