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婚礼の日に、あなたは他の人の隣り  作者: 神宮寺 あおい@受賞&書籍化


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9/21

焦り

「結婚式どころか、婚姻届にサインすらしていないのに結婚していると思っていただなんて、理解に苦しみますわ」

「それは……」


(本当に、それでどうして夫婦になっていると思ったのかしら)


 その思考回路はフレアにはわからなかった。

 サミュエルの中で都合の良い変換がなされていたのか、それとも届出などいつでも出せる、そしてフレアは喜んでサインすると思っていたのか。


 いずれにしても、フレアのことを軽んじていたのは間違いない。


「ですので、私たちの関係はまだ婚約者のままです」


 フレアの言葉にサミュエルが沈黙する。

 しかしその隣で、リリアンがうつむきながら密かに笑っているのをフレアは見逃さなかった。


(リリアン様はサミュエル様と結婚したいと思っているのよね。……サミュエル様は望んでいないみたいだけれど)


 もしサミュエルがリリアンと結婚したいと思っていたのだとしたら、フレアと婚約など結ばなかっただろう。

 二人は昔からの幼馴染だったのだし、いくらでも機会はあったのだから。


 でも、今の時点で二人は結婚しておらず、そしてサミュエルはフレアとの婚約と結婚を選んだ。


(リリアン様との結婚ではウォルス家を支えていくことはできないものね)


 事業を行うに当たって借金を持つのは珍しいことではない。税金との絡みもあり、あえて借金をすることだってある。しかしそれはあくまで余裕があってのこと。


(最近ではウォルス家は利息を返すのも難しくなってきているわ)


 鉱物の採掘量が減ってきたのと比例して、ウォルス家の財政は傾き始めている。

 サミュエルはフレアとの結婚によって得る持参金をあてにしていた。そして今後は、リックベルト家からの援助を期待していたのだろう。


 しかしそれならフレアを大切にするべきだったのだ。

 結婚すればこちらのものとばかりに、彼は自分勝手な行動にさらに拍車をかけた。


(今までだって思う通りにしていたのに……)


 すべてはフレアがサミュエルのことを心底好きだったから許されていたこと。

 彼はそのことをわかっていない。


「ならば今すぐ婚姻届を出そう」


 少しはまずいと思ったのだろうか。

 サミュエルはフレアを見つめると微笑みながらそう言った。


(自分の間違いを認めることも、謝ることもできないのね)


 そのサミュエルの態度が、最後にほんの少し残っていたフレアの未練を断ち切った。

 もはやフレアにとって、サミュエルは愛しい相手どころか嫌悪の対象になりつつある。


 そしてサミュエルの隣で、なぜか傷ついたような顔をしたリリアンに対しても不快感を覚えた。


(なぜあなたがそんな顔をするの?)


 今まで散々フレアのことを踏みつけてきたくせに。

 何度も何度も、自分の方が上なのだと誇示していたくせに。


(そんなにサミュエルと結婚したいのなら、望み通りにしてあげるわ)


 フレアはそう心の内で思った。

 

「お断りしますわ」

「……なんだって?」


 フレアの言葉が予想外だったのだろう。

 言われたことの意味はわかったはずだが、サミュエルがそう聞き返してくる。


「ですから、結婚はお断りいたします」

「……フレア、君らしくないじゃないか。何をそんなに拗ねているんだ?」


 サミュエルの中ではフレアがただごねているように見えたのか、なだめるようにそう言った。


「私らしくない、ですか? サミュエル様の思う私らしさというのは、いったいどういうものなのでしょう?」


 言えるわけがない。

 サミュエルの言うことをなんでも聞き文句も言わない存在、それが彼の中のフレアなのだから。


 今ここでサミュエルに従わない状況自体が、彼にとっては信じられない展開なのだ。


「……君はいつも優しいだろう? 私の話もよく聞いてくれるし、大切な話なのにこんなに一方的な言い方をするわけがない。……誰かに何か言われたのだろうか?」


 そう言って、サミュエルはチラリと両親を見た。


(いくらサミュエル様が侯爵家の当主とはいえ、年も上で長年国に仕えて評価もされてきた私の親に対して、よくそんなことが言えるわね)


 サミュエルは言外に、フレアの両親が何かを言ったからフレアが駄々をこねていると言っているのだ。


(見当違いも甚だしいわ)


「私の両親は自主性を重んじますし、私に何か言うことはありません」


 フレアにしてみれば、それだけははっきりさせておきたいところだった。


「ならばなぜ……?」


(なぜ、今までのようにサミュエルの様の言うことを聞かないのか、かしらね)


 サミュエルの問いに、フレアは答えなかった。

 わざわざ教えるのすら面倒で、早々に本来の目的に移る。


「今日お越しいただいたのは、こちらの手続きをしたいと思ったからです」


 そう言うと、フレアはルキウスから書類を受け取り応接テーブルの上へと広げた。


『婚約破棄届』


 書類にはそう、書かれている。


 今回サミュエルと別れるにあたって、フレアは『婚約解消』ではなく『婚約破棄』を選んだ。

 『婚約解消』というのは、双方合意の元どちらにも非がない場合に交わされることが多い。

 対して『婚約破棄』では、どちらかに非があり慰謝料などが発生することになる。

簡単に言ってしまえば、揉めて婚約を解消したことが明確になるということだ。


そして同時に、どちらかが悪いということが対外的にも明らかになる。


令嬢にとって『婚約破棄』は褒められたことではない。

何か問題がある令嬢だと思われるからだった。それは今後の婚姻にも影響する。


基本的に婚約まで交わしたもの同士がその婚約を取りやめること自体が少なく、さらには不名誉な『婚約破棄』を選ぶことはほとんどない。

それを考えても、フレアの選択は普通ではないのだろう。


(でも今回は『破棄』でなければダメなのよ。そうでなければ、慰謝料を請求することができなくなるもの)


 フレアは、自分が傷つけられたことに対する相応の報いを、サミュエルとリリアンに突きつけるつもりだった。

読んでいただきありがとうございます。

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