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婚礼の日に、あなたは他の人の隣り  作者: 神宮寺 あおい@受賞&書籍化


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8/21

対峙

 その日は朝から快晴だった。

 

 サロンとは反対側に設えられた応接室の窓からは、明るい光が燦々と降り注いでいる。

それはまるでフレアのこれからを祝福しているようだ。


 室内には大きめの応接テーブルを挟んで長辺側にそれぞれ二人がけソファが、短辺側に一人がけソファが置かれている。

 そして入り口から向かって奥、二人がけソファの一方にフレアは腰かけていた。


 目の前のテーブルの上にはこれからの話し合いに必要な書類が並べられている。最終確認を済ませた後は背後に控えるルキウスに預け、都度受け取る手はずだ。


「準備はできているか?」


 フレアに少し遅れて室内に入ってきた両親は、父がフレアの横に座り、母は一人がけソファの一方に腰を下ろした。


「問題ありませんわ」


 父にそう答えると、フレアは書類をまとめてルキウスに渡す。

 

(いよいよね)


 今日で自分のこれからが決まる、そう思うとどうしても緊張してしまいそうだった。


「サミュエル様には私からお話ししますので、お父さまには婚約破棄の件をお願いします」

「わかっている」


 両親にはあらかじめ、話し合いは見守っていて欲しいとお願いしている。婚約破棄の手続きだけは当主の承認が必要だから父の協力は不可欠だったが、それ以外についてフレアは自分で片をつけたいと思っていた。


(自分の口から言わなければ、ダメなのよ)


 今まで我慢してきたこと、呑み込んできた気持ちを自分から言って初めて、フレアはこれからの一歩を踏み出せるのだと思う。


 そう心の中で決意を新たにしていると、玄関ホールの方からざわめきが聞こえてきた。


「……来たみたいだな」


 父の呟きにフレアは顔を上げる。そして扉へと視線を向けた。

 もうすぐ客人を連れた執事がこの部屋へとやってくるだろう。


 フレアは緊張から鼓動が速まるのを感じた。


「失礼いたします」


 ノック音のあと、執事の声が聞こえてゆっくりと扉が開かれる。

 扉の向こうに、サミュエルと、そしてリリアンの姿が見えた。


「ごきげんよう」


 礼儀としてソファから立ち上がり、フレアはそう挨拶をした。

 歓迎しているわけではないから「ようこそ」とは言わない。


「そちらにおかけになって」


 促しに二人がフレアの向かいのソファに腰を下ろす。


「突然呼び出すなんて、失礼だと思わないのか」


 同じ場にリックベルト家当主である父がいるからだろう。いくぶん抑え気味の声でサミュエルがそう不満を伝えてきた。


「そうはおっしゃられても、サミュエル様はウォルス邸にいらっしゃらないので」

「当てつけのようなことを言うのは止めるんだ。夫婦間のことにご両親まで巻き込むつもりか? それに、リリーまで一緒に呼び出すとはいったいどういうことだ?」


 元々不満が溜まっていたのだろう。

サミュエルは不快そうにそう吐き捨てた。


「あら、ではどこで話し合いの場を持てば良いとおっしゃるのでしょう?」

「なんだと? ウォルス邸以外にどこがあると言うのだ」


 ウォルス邸で話し合えば、サミュエルは今よりも高圧的な態度を取ってくるだろう。そしてフレアを丸め込もうとするに違いない。


「そうはおっしゃられても、サミュエル様はいつも邸宅にはいらっしゃらないではありませんか。かといって、いくら婚約者でもお会いするために夜までお待ちしていたり、ましてや邸宅に泊まるなんてはしたないでしょう?」


 フレアの言葉は、裏を返せば、婚約者ですら泊まらないのに、ただの幼馴染の家に何泊もしているサミュエルははしたないということだ。

当然、受け入れているリリアンも同様に。


「……っな!」


人の心の機微に疎いサミュエルであっても、今何を言われたのかは理解したらしい。

 そしてサミュエルだけでなくリリアンも、フレアの言っていることがわかったのだろう。サッと顔が赤くなる。


(ここで自分たちの行いを恥じるような心があれば良かったのでしょうけれど)


 フレアはそう思ったが、同時に彼らはそんな当たり前の心など持ち合わせていないだろうと確信してもいた。

 先ほど顔を赤らめたのだって、恥いっているのではなく侮辱されたとでも思っているに違いない。


「私を馬鹿にしているのか?」

「何をおっしゃっているのかわかりませんわ。私は事実を申し上げただけですもの。何かお気に障ることでも?」


 フレアがじっとサミュエルの目を見れば、しばらくして目を逸らしたのはサミュエルの方だった。


(少しは後ろめたさがあるのかしらね)


 サミュエルに対して思った以上に冷静に対応できている自分にフレアは気づく。


(今まであんなにサミュエル様の機嫌を気にしていたことが嘘のようだわ)


「とにかく、わざわざご両親を巻き込むなんて迷惑だろう。夫婦間のことは私たちで話し合えばいいことだ」


 今の話題が自分にとって不都合だからか、そう言ってサミュエルは話題を元に戻した。


「おかしなことをおっしゃいますわね。夫婦とは誰と誰のことでしょう? 私たちはただの婚約者。それとも、何日も共に過ごしているリリアン様と事実上の夫婦だとおっしゃりたいの?」

「……なんだって?」


 とっさに言われた意味がわからなかったのか、数瞬後サミュエルが低い声を上げる。


「私とリリーの関係を下世話に勘ぐるのはやめてもらおうか。それに、婚約者だって? 私たちは結婚しただろう」

 

(先に否定することがリリアン様のことなのね)


 その事実が少しだけフレアの心を傷つけた。


「いつですか?」

「なにがだ?」

「ですから、いつサミュエル様と私は夫婦になったのでしょう?」


 フレアの言葉にサミュエルが疑問を顔に浮かべる。


「ついこの間結婚式をしたではないか」

「ああ……サミュエル様がすっぽかしたせいで挙げることができなかった式のことですか?」


 フレアはサミュエルの目を見つめたまま、静かにそう、言った。

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