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婚礼の日に、あなたは他の人の隣り  作者: 神宮寺 あおい@受賞&書籍化


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10/21

弁解

 フレアがテーブルの上に広げた書類を見て、サミュエルが驚きに目を見開く。


「これは……いったいどういうつもりだ?」


 そして続けられた言葉に、フレアは冷笑しそうになる自分を抑えた。


「見ての通りですわ。婚約破棄のためのサインをいただきたいと思いまして」


 フレアに言われたことが理解できなかったのか、それとも理解したくなかったのか。つかの間書類を凝視していたサミュエルは、気を取り直すように一度目を瞑ってから改めてフレアを見た。


「なぜこんなものがここに?」

「なぜも何も、婚約破棄のため以外に何か理由が?」


 あまりにもフレアが当たり前に言ったからだろうか、一瞬サミュエルが絶句する。


「フレア、君は自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「もちろんですわ」


 信じられないとでもいうような表情を浮かべるサミュエルに対して、フレアは淡々と答えた。

 そして答えながらチラッとリリアンの方をうかがえば、彼女もまた驚きをその顔に表している。


(いくら驚いたように見せても、その目に浮かぶ喜びは誤魔化せないわよ)


「フレア、いったん落ち着こう」

「私はこの上なく落ち着いています」


 焦りを顔に浮かべたサミュエルは、フレアの返答に忙しなくその瞳を動かす。

 突然予想外のことを言いだしたフレアを、どうにかして自分の思う方へと誘導したい。そう思っているのがよくわかった。


「フレア、私たちのつき合いは長い。そして長くつき合っていれば不満なところも出てくるだろう。だからといって、急にこんな物を出してくるのは違うんじゃないか?」


 なだめるようにそう言うと、サミュエルはさらに続けた。


「私はフレアが大事なんだ。その想いが届いていないなんて、悲しいよ」


 優しく微笑んで、いかにもフレアのことが大切そうにサミュエルは見つめてくる。


(大切なのは、私ではなくて私に付随する財力でしょう?)


 心の中でそう思いながら、フレアはサミュエルを眺めた。


「フレア、これからはもっとちゃんと話し合おう。だから、こんな物は必要ないだろう?」


 そう言ってサミュエルが『婚約破棄届』へと手を伸ばした。しかしフレアは彼の手が触れる直前に書類を取り上げる。


「フレア?」


 サミュエルはきっと、届を手にしたら破り捨てるつもりだったのだろう。用紙さえなくなってしまえばこの場は切り抜けられる。

 そして再度届を用意する前にフレアを丸め込んでしまえばいい、そう思っているのが見てとれた。


 だからフレアは、書類を手にしたままにこりと微笑む。


「話し合いなど必要ありませんわ。私が望むのは婚約破棄だけ。もちろん、サミュエル様、あなた側の有責で、ですわよ」


『サミュエルに非がある』と、フレアは言い切った。


 その言葉を不快に感じたのか、サミュエルの表情が歪む。しかしすぐに、サミュエルは悲しげで、でも愛おしそうにフレアを見た。


「フレア、何か誤解があるんじゃないか? 君がそんなことを言うなんて信じられないのだが……。私は婚約破棄をするつもりはないよ」


 サミュエルはフレアの気持ちをなだめようとしたのか、テーブル越しに手を伸ばしてフレアの手を握ろうとする。


(今はもう、あなたに触れられることすら嫌だわ)


 そう思って、フレアはサッと自身の手を引いた。


「フレア?」


 またもサミュエルにとっては予想外のことが起こったのだろう。

 中途半端に伸ばされた彼の手が宙に浮いている。そして少しして、その手はサミュエルの膝の上に戻っていった。


「本当に、いったいどうしてしまったんだ?」


 ほとほと困ったとでもいうように、サミュエルが右手で髪の毛をかき上げつつため息をついた。


「サミュエル様には心当たりがありませんか?」


 フレアからの問いに、数瞬サミュエルが考え込む。


「結婚式を直前で中止したことかい?」

「それだけだと思いますか?」

「……式のことで言い合いになったあと、私がミュラー邸から戻らなかったからだろうか? でもそれは、言いがかりをつけてきたフレアにも問題があるだろう?」


(あれのどこに、私に問題があったというの?)


 サミュエルの認識に、フレアは歯をくいしばる。そうでもしなければ不満が口をついて出てきてしまいそうだった。


「いずれにせよ話し合いの余地などありませんわ。婚約破棄してください」


 これ以上不毛な言い合いをしたところで、フレアの気は晴れない。それどころか話の通じない相手に理解を求めることになり、さらに不快な思いをするだけだろう。

 そう思ってフレアが言った言葉に、予想外の返答がサミュエルから返された。


「……そうか! フレアはリリーに嫉妬していたんだな?」


 その瞬間の気持ちを、どう表せばいいだろう。


 フレアは自分の中に溢れたさまざまな思いをグッと押し込めた。


(今ではないわ。ここで反論するのではなくて、もっと効果的にやり込めるのよ)


 心の中で何回か深呼吸して、フレアはなんでもないような顔をする。


「おっしゃっている意味がわかりませんわ」

「隠さなくてもいい。そういえばフレアは前々からリリーのことを気にしていたな。なんだ、嫉妬しているのならそう言えばいいのに。そうすれば私ももう少し考えたものを」


 すでにサミュエルの中では、フレアが婚約破棄を言い出したのはリリアンへの嫉妬からであり、サミュエルの関心を引きたいがためになっている。


(冗談じゃないわ)


 これ以上我慢するのは無理だと、フレアはそう思った。


(サミュエル様の失言をもっと引き出してからと思っていたけれど……。証拠はきちんととそろえてある。ならば、もういいでしょう)


 そう覚悟を決めると、気を抜いた顔をしたサミュエルを見る。

 そしてゆっくりと口を開いたのだった。

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