示された情報
「じゃあ、一緒に取引するということでいいか?」
エイダンからの確認に、フレアは書類に落としていた視線を上げた。
「そうね。その方が輸送費の節約になるし、一度の取引額が大きい方が交渉もしやすいと思うわ」
リックベルト商会は王都の大通りに三階建ての建物を有している。
一階は店舗、二階と三階が倉庫や事務所を兼ねており、フレアは二階にある事務所の一角でエイダンと顔を突き合わせていた。
会議用のテーブルの上には数種類の書類が載せられ、対面に座った二人は資料を元に話し合っている。
「注文の頻度や量はどうする?」
「売れ行きや商品の減り具合にもよるわよね。直近三ヶ月の在庫数の変動を表にしたものを出すわ」
「了解。それを元にまずは最初の発注数を決めよう」
フレアは現在商会で健康を売りにしたお茶を担当していた。
元々は自分のために配合を変えながら試していた紅茶やハーブティーが今では商品となるのだから、何が商機となるかはわからないものだ。
そしてエイダンは商会の中で医療品の担当をしている。
今回はフレアが必要としている茶葉を扱っている家が、エイダンの担当している薬の原材料も卸しているため、一緒に取引した方が良いだろうという結論になった。
「だいたいの方向性は決まったから……いったん休憩するか」
そう言ったエイダンは、フレアが話し合いの内容を書類に記入している間に紅茶を淹れて戻ってくる。
商売人としての素養なのか性格か、エイダンはよく気がつく上に行動が早い。
目の前にサーブされた紅茶からは温かな湯気が立ち、香りからフレアの好きな紅茶だということがわかった。
ありがたくカップを手に取り一口飲めば、凝り固まっていた体が緩み、リラックスしていく。
「そういえば、殿下が今度会いたいと言ってたぞ」
不意に爆弾のような話を軽く放り込まれ、フレアは目を見開いた。
エイダンが言っている『殿下』というのは、ルアール国の第一王子のことだ。
「今まで個人的な面識はないのだけど……なぜかしら?」
もちろん、王家主催の夜会などで挨拶したことはある。
しかしそれはリックベルト家の一員としてでしかなく、その他大勢の令嬢と同じ扱いだったはずだ。
「殿下と俺が学友だったことは知ってるだろう?」
たしかに、エイダンは殿下と同学年であり、学園在学中はそれなりに親しくしていた。
とはいえ、それがどうしてフレアと会うことに繋がるのか。
「あのウォルス家の令息と結婚目前で婚約破棄し、その後は新しい婚約者を探すこともなく商会で働く珍しい令嬢』
うたうように続けられたフレアを表す言葉に、知らず知らずにフレアの眉間に皺が寄る。
「そんな風変わりな令嬢が殿下は気になるようだ」
「それって褒めているの?」
「もちろん」
エイダンの言いようが軽いせいか、フレアにしてみればなんとなく揶揄われているような気がしてならない。
「殿下は有能な人間が好きなんだよ」
さらりと告げながら、エイダンが手元のカップからゆっくりと紅茶を飲む。
(軽口を叩けるくらい殿下と親しいのならば、エイダン自身も有能だと言っているようなものね)
第一王子に気に入られるというのは、商会としては歓迎すべきことだ。王子が使用しているというだけでも宣伝になるのだから。
「興味を持っていただけるのはありがたいわ。謁見する機会が巡ってくるかもしれないなら、殿下が何をお望みなのかを調べておく必要があるわね」
「……殿下が商会の業務にだけ興味を持ったとでも思っているのか?」
「それ以外に何かあるかしら?」
どことなく呆れたようなエイダンの言いように、フレアは顔に疑問を浮かべながら問い返す。
「フレア自身に興味を持ったとは思わないんだな」
思わずといった感じで小さく呟かれた言葉は、フレアの耳に届く前に空気に溶けて消えた。
「何? 何か言った?」
「……いいや。お前が鈍感で良かったのか悩んでいるところだ」
突然、決して褒め言葉ではないことを言われてフレアは怪訝な顔をする。
「喧嘩を売ってるの?」
「まさか。むしろフレアはそのままでいてくれた方がいいと思ってるよ。ま、そのせいで俺の気持ちにも気づかないんだけどな……」
続けられた言葉はやはりフレアにとってはいまいち理解できないもので。
疑問に思いながらも、しかし仕事には関係ないことだと結論づけたフレアはすぐに思考を切り替えた。
「休憩もほどほどにして、そろそろ仕事に戻りましょうか」
そう言ってカップを片付けるために立ちあがろうとしたフレアを、エイダンが引き留める。
「そうそう、伝えたかったことはもう一つあるんだ」
エイダンは自身のカップをテーブルの上に戻すと、自分の執務机から何枚かの書類を手に戻ってきた。
「それは?」
「リックベルト家の優秀な諜報部員の報告書さ」
商売において、いかに多くの情報を手に入れられるかはその成功を左右する重要な要素だ。
貴族の家にはその家に合わせていろいろな役割の人が必要とされているものだが、こと情報を重要視しているリックベルト家では優秀な諜報員を雇っている。
そんな諜報員からの報告書ともなれば穏やかなものではないだろう。
「何か問題が?」
少し不安になりながら問えば、エイダンがその書類をフレアに差し出す。
「ま、読んでみればわかる」
多くを語らないエイダンを見ながら、フレアはそっと手を伸ばしたのだった。
数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマーク登録、評価などしていただけるととても励みになります。
よろしくお願いします。




