婚礼の日に、あなたは他の人の隣り
報告書の内容は、簡単に言ってしまえばウォルス家の現状だった。
「あの後も調査していたの?」
フレアがサミュエルと決別してからすでにかなりの月日が経っている。
サミュエルはリリアンと結婚したし、以前公爵家の夜会で突撃されて以降はフレアと直接話すこともなかった。
「一応な。フレアは気にするだろう? それに、本当の意味では無関係ではないはずだ」
たしかに、サミュエルやリリアンのことはどうでもよかったが、フレアがウォルス領の事業から手を引いたことによる領民たちへの影響は気がかりだった。
「商会を通して、援助しているだろう?」
不意にそう問いかけられて、フレアは一瞬言葉に詰まる。
「気づいていたの?」
「もちろん」
フレアはサミュエルと別れる前に、代官との話し合いを元に立てた数年分の計画書を残してきた。とはいえ、サミュエルがそれを参考にしてくれるかどうかはわからなかったのだ。
結局その計画の多くが実行されなかったことを思えば、やはりサミュエルにとっては余計なお世話でしかなかったのだろう。
だからフレアは、個人的な伝手で築いてきた人脈を頼った。
リックベルト商会の中でもフレアの権限だけで動かせる人員を使ってウォルス領の商会と連絡を取り、領民が必要とする物資をなるべく安価で提供してきたのだ。
「ただの自己満足よ」
フレアは視線を伏せるとそう言った。
(そう。自己満足だわ。安価で提供していると言っても利益は出ているし、ウォルス領の事業がさらに悪くなることを知っていてサミュエル様とリリアン様を結婚させたのは私だもの)
フレアがウォルス領の領民のためにしていることは、自分の気持ちを優先したことで出た影響に対する罪滅ぼしでしかない。
それも結局は自らの罪悪感を少しでも軽くしたいからなのだから、自分は自己中心的な人間なのだと思う。
「フレアがどう思おうとも、領民にとっては良いことだったんじゃないか?」
「いいえ。本当に彼らのことを思うのであれば、あの二人を結婚させてはいけなかったのよ」
「それでも、ウォルス領を治めるのはサミュエルだ。誰と結婚しようとも、領地を発展させていくことは彼が考えなければならない」
もはやエイダンにとってサミュエルは敬称をつけるにすら値しないのだろう。
「フレア、一人の人間が抱えられることには限りがある。それに、選ばなかった未来を生きることはできない」
(そうね。私だったら領地をもっと良くできたかもしれないと思うことは、傲慢なのかもしれないわ)
エイダンの言葉に、フレアはふとそう思った。
「それに、救いの手はちゃんと差し伸べられるものさ」
フレアが見ていたのは一枚目の書類だけだ。横からエイダンの手が伸びてきて、スッと書類をめくる。
「ウォルス家は歴史ある家だ。領地の規模も大きいし、国としても高位貴族である侯爵家を簡単に潰すわけにはいかない」
そこに書かれていたのは、国からウォルス家へ密かに特別管理人が派遣されるという内容。
「よほどの馬鹿でなければ領地を失うことにはならないだろう。そして今後どうなっていくかは、サミュエル次第だ」
『特別管理人』というのは、何らかの理由で領地経営が上手くいかなくなった時に国から遣わされる使者を指す。
彼らの主な仕事は領地の立て直しであり、そんな彼らが派遣されたということは、少なくとも国はウォルス家が存続することを望んでいるということだ。
「もしかして殿下からの情報かしら?」
特別管理人に関しては国の極秘事項になる。いくらリックベルト家の諜報員が優秀だとしても、簡単には知ることなどできないだろう。
知ることができるのは王宮の中でも上層部の者たちのみ。そして今ここでエイダンがその件に触れられるということは、承諾を得ているということだ。
「……リックベルト家の諜報員の情報もあるさ」
エイダンははっきりとは言わなかった。
(つまり、一枚目のウォルス家の現状についてはリックベルトの諜報員から、そして二枚目の特別管理人に関しては殿下からの情報……ということかしらね)
フレアは渡された書類をじっと見つめる。
(きっと、私の中でけじめをつける機会なのよ)
サミュエルと別れてからも、ウォルス領のことを考えるとあのつらかった日々を忘れることができなかった。
(婚礼の日に他の人の隣りにいたあなたを、これで本当の意味で過去のことにできる……)
フレアはそう思うと、何かを思い切るように小さくうなずきエイダンを見た。
「ウォルス領の商会との取引は今後も続けるわ。でも担当は……他の人に引き継ぐことにしようと思うの」
やりかけた仕事を疎かにはしない。始まりは罪悪感からだったとしても、必要とされる物を届けるのが商人だ。
「そうか」
エイダンはそう一言だけ答えた。
余計なことを言わないのがエイダンらしくて、フレアは微笑む。
これからは前だけ向いて生きていける。
フレアは、そう、思った。
♢♢♢
ウォルス家はルアール国に古くから続く侯爵家だ。
領内にある鉱物を元手に大きな事業をいくつも手がけ、一時は国内で一番豊かな領地と言われた時代があった。
しかし時を経て、自然からの恵みである鉱物の産出量が減るにつれてかの領地の経営は傾いていく。
それでも、ウォルス領を導く当主が有能であったのなら結果は違ったのだろう。
能力のない者が先頭に立つことの弊害。
ただその血を継いでいるという理由だけで当主となった者の手によって、傾き始めた経営はさらに悪化していった。
そしてあっという間に、ウォルス領は国内でも有数の貧しい領地へと落ちていく。
今までの国への貢献、さらには長く続いた家を簡単になくすことはできないことを理由に、国はいくばくかの手当てと多少の優遇措置によって爵位の返上までは至らないように調整した。
もしかの領地に優秀な後継者が誕生すれば、あるいはかつての隆盛を取り戻すことができただろう。
しかし没落して以降、当主の子孫に優秀な者は現れなかった。
ウォルス領では密やかに囁かれている噂がある。
領地の没落は、幸運の女神を手放した結末だ。
それは当時の当主の愚かな劣等感故だった、と。
そして暗愚な当主の存在は、その後も長く語り継がれたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
この第28話で完結となります。
リリアン視点までで完結にしようと思っておりましたが、最後にフレアのターンを追加しました。
そのため18話を少し改稿しています。
短編のつもりで始めた当作品、最終的には6万字ちょっとの中編となりました。
話としてはフレアの再出発のところで終わっておりますので、機会があれば続きを書きたいと思っています。
果たしてこの後フレアはどんな人生を歩むのか、誰と恋をするのかなどなど……。
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どうぞよろしくお願いいたします。




