リリアンの誤算<六> Sideリリアン
サミュエルの行動は侯爵家の事業をどうにかしたいからだ。
リリアンはそう思った。
決してフレアに対して未練があるからではないと、そう思いたかったのかもしれない。
だからフレアに突っかかるサミュエルを止めてあえて話題を振った。
それは夜会に参加する前にサミュエルがこぼしていたこと、フレアが途中まで行っていた事業への責任について、だ。
サミュエルからの声かけに不快げな顔を見せていたフレアも、考えを変えたのか休憩室への移動に同意する。
そうして話し合いが始まったのだが。
「フレア様は慈悲のかけらもないひどい方だったんですね」
思わずそう言ってしまったのは、フレアが自身の行なってきた事業を途中で放り出したからだ。
それなのに彼女はリリアンたちに問題があると言う。
たしかに、サミュエルとフレアの婚約破棄に対する慰謝料は、サミュエルがリリアンと共にウォルス領を発展させていくことだ。
そのためにもフレアの協力が必要だとお願いしているのに、なぜ彼女はわからないのか。
そんな苛立ちがリリアンの心の中に湧き起こる。
「いつまでたっても、ご自分たちに問題があることが理解できないのですね」
そう言ったフレアの目はとても冷ややかで。
今までフレアからこうも冷たい目で見られたことあっただろうか。
「今後は私への接触は控えていただくよう求めますわ」
それはフレアからの最後通告だった。
そして同時に、ウォルス領の未来がサミュエルたちの肩にかかっていることを、サミュエルだけでなくリリアンにも念押ししたことになる。
(え……でも私にはどうすることもできないわ。そうよ、仕事のことはサミュエル様が何とかするわよね)
心のどこかがざわめくのを感じながら、それでもリリアンは自分に言い聞かせた。
ウォルス家は侯爵家だ。
ミュラー男爵家とは違って国内でも有数の高位貴族。
そんな家が簡単に傾くとは思えない。
(そうよ、きっと大丈夫)
何度もそう呟いて、リリアンは心の底に芽生えた不安を、ぎゅっと握りつぶしたのだった。
♢♢♢
サミュエルとの間がギクシャクしたまま、二人は結婚した。
結婚式は当初の予定よりもかなり小規模となり、ことの経緯が経緯だったためか参列者も少なかった。
そして領地の事業は、サミュエルの努力も虚しく急速に傾いていく。
余裕のないサミュエルは常にイライラとしていて、リリアンでさえも近づきがたかった。
(もうずっと、夜会どころかお茶会にすら参加できていないわ)
新しいドレスを作ることもできず、アクセサリーを買うなんてもってのほか。
いくらなんでも何回も同じ格好で行くこともできなくて、リリアンはかつてのように体調不良を理由に多くの誘いを断っていた。
そんな状況が続けば当初は多かった招待状もだんだんと減っていく。その結果、今では招待状が届くことすら少なくなってしまった。
(こんなはずじゃなかったのに……)
リリアンは自室で手ずから紅茶を入れると、カップから立ち上る湯気をぼんやりと眺めている。
邸宅内の使用人はさらに減り、今では最低限の人数でどうにか業務を回している状態だ。
当然、リリアンのための侍女もいなくなった。
食べるに困ることはないが、このままでは先行きが暗いことはリリアンも理解している。
(侯爵夫人になったら、夢のような生活ができると思っていたのに……。どこで間違えてしまったのかしら……)
もう何日もサミュエルに会っていない。
同じ邸宅内にいるにもかかわらず、まるで避けているかのように顔を合わせることがなかった。
夫婦の部屋は隣同士で、共有の寝室はそれぞれの部屋からつながっている。
リリアンは毎日その寝室で休んでいるが、サミュエルが来ることはなかった。
聞けばサミュエルは自室に備えられているベッドか、もしくは書斎の隣の部屋に設置したベッドで休んでいるらしい。
(私にどうしろというの?)
何も悪いことをしていない自分がなぜこんな目にあっているのか。
リリアンの心の中に不満が降り積もっていく。
サミュエルの幼馴染として過ごし、その後もサミュエルから与えられたものを受け入れてきただけだ。
多少は自分に都合の良い嘘をつきはしたが、積極的に奪いにいったわけではない。
リリアンを選んだのはサミュエルなのに。
もちろん、傾いているとはいえ男爵令嬢でいた時よりはマシな生活をしている。
それでも、リリアンが想像していた理想とはあまりにもかけ離れていて、重いため息が止まらなかった。
(なんでこんなことになってしまったのかしら?)
またしても考えてもしかたのない気持ちが浮かび上がる。
そうやって、リリアンの生活はゆっくりと色褪せていった————————————。
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