リリアンの誤算<五> Sideリリアン
現実が自分の予想に反していることに気づくのに時間はかからなかった。
侯爵家は貴族の爵位の中でも公爵に次ぐ位だ。
つまり高位貴族の集まる社交界においても、リリアンの立場は他の多くの令嬢たちよりも上のはずだった。
だからリリアンは、周りの令嬢たちは自分の機嫌を取ると思っていたし、言うことを聞くと思っていた。
しかし貴族同士の関係は単純に爵位だけで成り立っているわけではない。
姻戚関係、経済的なつながり、そういったものが複雑に絡み合っていることをリリアンは理解していなかった。
(なんで私がバカにされないといけないのよ!)
その日リリアンは荒れていた。
前日に参加した侯爵家主催の夜会で、他の令嬢たちからまったく相手にされなかったからだ。
それどころかどこか見下したような態度を取られ、険悪な雰囲気を察した侯爵夫人が間に入らなければ相手の令嬢に対して怒りを露わにするところだった。
「リリアン様は男爵家のご令嬢とか」
「ああ、だからマナーが……ねぇ?」
病弱ではあったが、リリアンとて男爵令嬢としてのマナーは身につけている。
ただしそれは下位貴族の間で許される程度のもの。
教育に多くのお金と時間をかけてきた令嬢たちとは明らかな差があった。
そのことをあてこするように言われて、リリアンは我慢できなかったのだ。
(たかが伯爵令嬢の分際で生意気なのよ! 私は侯爵夫人になるんだから!)
今思い出しても腹が立ってしかたない。
(絶対に許さないわ)
それに彼女たちは折に触れてフレアのことを話題に出してくる。
そして同時にサミュエルの不誠実さを取り上げ、フレアと比較することで暗にリリアンがふしだらな女だとでもいうようにあげつらうのだ。
しかも遠回しに言うから反論することも難しい。
結局リリアンはイライラするばかりで夜会を全然楽しめなかった。
(サミュエル様だって、ずっとそばにいてくれればいいのに)
ウォルス家が現在経済的に厳しい状況に置かれているらしいことはリリアンも聞いてはいる。
それでも、夜会でサミュエルが他の男性たちと話をするために自分のそばにいてくれないことは不満だった。
サミュエルがいないから他の令嬢たちが自分を侮るのだと、そう思っていたから。
(今度の夜会は公爵家主催よね。かなり大規模だったはずよ)
先日届いた招待状にはすでに参加の返事を出している。
(手持ちのドレスで夜会に着ていない物はもうないわ。急いで新しいドレスを作らないと)
リリアンはそう決めると、さっそくサミュエルにドレスの相談をしようと部屋を出たのだった。
♢♢♢
今度こそと楽しみにしていた公爵家の夜会は、またもやリリアンの思いを叶えてはくれなかった。
「こんなドレス、嫌だわ」
呟くようにそう訴えれば、隣でエスコートをしているサミュエルの機嫌が悪くなる。
「新しいドレスはちゃんと作っただろう? 文句を言わないでくれ」
たしかに、サミュエルは新しいドレスを仕立ててくれた。
しかしその出来栄えはお世辞にも素晴らしいとは言えない。リリアンでもわかるくらいに生地が粗末だったからだ。
会場を見回せばどの令嬢も素敵なドレスを着ている。
その事実がリリアンを尚のこと惨めな気持ちにさせた。
(……あれは、フレア様?)
ホール中央の辺りで踊っている男女の一人がフレアだということに、リリアンはすぐに気づく。
見るからに質が良く上品なドレスを身につけて、ゴールドの髪に濃いロイヤルブルーの瞳の男性と踊っている。
華やかな二人はとても楽しそうで、自分との落差にリリアンは唇を噛んだ。
「フレア……」
リリアンの隣からサミュエルの呟きが聞こえ、見上げればどこか呆然とした表情のサミュエルがフレアを見つめている。
そしてサミュエルはリリアンをエスコートしたまま、ホールの中を突き進むとある場所で足を止めた。
そこは、踊り終えたフレアたちがダンスの輪から外れて身を寄せた壁際だった。
「フレア、話があるからちょっと来てくれ」
エスコートをしているリリアンを見ることなく、サミュエルの視線はフレアに向けられたまま。
挨拶も何もかもを省いたサミュエルが焦ったようにフレアに声をかけている。
その横顔を、リリアンは見ていた。
エスコートをしている自分をまったく顧みることのないサミュエルを、ただ、見ていた。




