リリアンの誤算<二> Sideリリアン
その言葉を聞いた時、リリアンは目の前が真っ暗になったような気がした。
「結婚式にはリリアンにも参加してもらいたいと思っている」
両親を失っているサミュエルには家族と呼べる者がいない。元々サミュエルもサミュエルの両親も一人っ子だったこともあり、親族自体が極めて少なかった。
そんな中、家族と呼べるような親しいつき合いをしているのはリリアンとカミラだけだ。
だからこその誘いだということはわかっている。
そもそも、侯爵家の結婚式に男爵家の者が招ばれること自体が珍しいのだ。
貴族の社会は階級に縛られているため、高位貴族と下位貴族が同じ場に参加することなどない。
あっても王宮主催か、それに準じるレベルの規模の舞踏会のみ。
結婚式はあくまで私的なものではあるが、招待客がいる限り公的な側面があることも否めなかった。
それを思えば、リリアンたちを招待してくれるサミュエルはミュラー家を大事にしてくれていると言える。
とはいえ、たとえ今はフレアとつき合っていたとしても、サミュエルは最後は自分を選ぶと、そう信じていたリリアンは大きなショックを受けた。
(どうしたらいいの……?)
さすがに結婚してしまったら今までのようなつき合いを続けることは難しいだろう。
そしてそれ以上に、リリアンはサミュエルが自分以外の人と結婚することが耐えられなかった。
(だって、好きなのよ)
ずっと、好きだったのだ。
幼い頃に出会ってから、サミュエルはいつだってリリアンの王子様だったのだから。
(どうすれば、結婚式を中止できる?)
サミュエルが結婚すると聞いてから、リリアンは考えた。
考えて考えて、しかし結局辿り着いた答えは、今までと変わらない方法。
つまり結婚式当日に、体調不良を理由にサミュエルを呼び出すこと。
ただそれだけだった。
♢♢♢
さすがにいつもの呼び出しと同じようなレベルでの不調ではサミュエルも来てくれないだろう。
そう思ったリリアンは、街の薬屋でとある物を手に入れた。
それは平民の間で密かに知られている薬だ。
断れない相手からの呼び出し、そんな危機的な状況は平民や下位貴族にはよく訪れる。
それでもどうしても逃れたい時に、平民がこっそり使用する薬があった。
知る人ぞ知るその薬が何から作られているのかはリリアンにもわからない。
ただ、服用すると高熱が出て呼吸が荒くなり、いかにも重病な容態になる。
そう言われていた。
もちろん、そのまま重病の状態が続くわけではなく数日もすれば症状は良くなる。
ただの仮病では医者の診察を受けると病気ではないことが発覚してしまうが、この薬を服用すると本当に症状が出るから誤魔化すことができるのだ。
(万が一ウォルス家の主治医を呼ばれたとしても、気づかれることはないわ)
サミュエルを呼び出す日が日なだけに、それなりに重篤な状態でないとダメだろう。
だからリリアンは決めた。
結婚式当日に、その薬を使うことを。
♢♢♢
その日の夜明け、リリアンは一粒の薬を服用した。
薬の効き目はすぐに現れると聞いていたが、半信半疑だったリリアンもその言葉が正しかったことを自分の身をもって知ることになる。
「サミュエルを……呼んで……」
高熱にうかされた状態で言ったリリアンの言葉に、主治医はすぐに応えてくれた。
自室の部屋の隅にはトルソーが置かれ、そこには今日リリアンが着るはずだったドレスがかけられている。
繊細なレースがふんだんに使われたそのドレスは、結婚式に参加するリリアンのためにサミュエルが仕立ててくれた物だ。
リリアンはサミュエルの結婚を幼馴染として祝いながら、自分と母親の分のドレスをプレゼントしてもらっている。
はなから参加するつもりもなければ、その式自体をつぶそうとしている身としては申し訳なく感じなかったわけではない。
それでも、リリアンにとってはサミュエルとフレアを結婚させないことの方が重要だった。
果たしてサミュエルは結婚式という大事な日に、その式よりもリリアンの方を優先してくれるのか。
それはリリアンにとっても賭けだった。
それからどれだけの時間が経っただろうか。
思った以上に辛い体の状況に耐えていたリリアンの耳に、自室のドアが開かれる音が聞こえた。
それは、リリアンが賭けに勝ったことを知らせる音だった。
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