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婚礼の日に、あなたは他の人の隣り  作者: 神宮寺 あおい@受賞&書籍化


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リリアンの誤算<一> Sideリリアン

 バタンッと音を立てて執務室のドアが閉まった。

 サミュエルがすぐにでも追いかけてきて機嫌を取ってくれると思っていたリリアンは、いつまで経っても誰も出てこないドアを睨んだ。


(どうして? 今までだったら優しい言葉をかけてくれたのに)


 そう思うものの、ここにいても自分の思うようにはならないことをいい加減リリアンも理解している。


(サミュエルはいつから変わってしまったのかしら)


 自室へと戻りながら、そんな思いが頭をよぎった。


 ある時から何よりもリリアンを優先してくれるようになったサミュエルが、いざ婚約したら誰よりも冷たい態度を取る。

 今までの優しさが嘘のように、彼の瞳には苛立ちが溢れていた。


 思えばこんなに冷たくされたことがあっただろうか。


 リリアンとサミュエルの出会いは幼少期の頃まで遡る。


 リリアンはミュラー男爵家の一人娘だ。

 しかし曲がりなりにも男爵令嬢でありながら、リリアンの暮らしは平民とほとんど変わらなかった。

 領地収入が少なく常に貧しさと隣り合わせの生活は、裕福な平民よりもよほど質素だ。


 ただその中でも唯一良かったことは、ミュラー領の隣にウォルス侯爵領があり、父である男爵とウォルス侯爵が親しかったことだろう。


 ミュラー領の現状を心配した侯爵が、元は平民だったリリアンの母をサミュエルの乳母に雇ってくれたのだ。

 普通であれば考えられない厚遇は、ひとえに侯爵と侯爵夫人の親切心によるものだった。


 そうして母が侯爵家に勤め始めると同時に、リリアンはサミュエルの幼馴染となった。


 小さい頃はよく一緒に遊んだし、思い出には常にお互いがいる。

 リリアンは幼い頃から体が弱く、よく体調を崩してはサミュエルを心配させていたが、それすらも今では良い思い出だった。


 そんな親しい間柄は、しかし二人が大きくなるにつれて少しずつ離れていく。


 最初の転機はサミュエルが学園へ通い始めたことだった。


 貴族の子息や令嬢の多くが通うその学園に、リリアンは家の都合で入学することができなかった。

 それも辛かったが、何よりもリリアンの心を暗くしたのは、その学園でサミュエルがフレアと出会ったことだろう。


 幼い頃とは違って頻繁に会うことのできないサミュエルが、会うたびに話題にする令嬢。

 会ったこともないフレアについて、リリアンはいつの間にか詳しくなっていった。


 サミュエルは侯爵子息という立場だけでなく、ダークブロンドの髪もエメラルドグリーンの瞳も光り輝いていて、誰もが振り返るような美丈夫だ。

 幼い頃から知っているリリアンでさえもサミュエルの見た目にはいつも見惚れていた。

 そして他のご令嬢よりも近い立場にいられることを、ある意味自慢に思っていたのだが。


 気づけばいつの間にか、フレアの方がサミュエルの近くに寄り添っていた。

 学園という、一日の多くの時間を過ごすことのできる場を共有できないことが、リリアンは心の底から悔しかった。

 

 しかしそんな状況がある時突然変わったのだ。


 一つは、リリアンの父親が亡くなったことだろう。

 そして時を前後してサミュエルも両親を失った。


 まだ学生という立場のサミュエルが、卒業と同時に侯爵家の当主となる。

 それがどれだけの重圧なのかリリアンにはわからない。


 ただ、その出来事が二人をまた近づけた。


 両親との思い出を共有できるリリアンと母を、サミュエルは今までと変わらず援助してくれた。

 そして時々フラッとミュラー邸に訪れては、たわいない話をしたりボーッとしたりして過ごす。


 まるで、ここでだけ気が抜けるのだとでもいうように。


 サミュエルに必要とされているようで、リリアンは嬉しかった。

 いつまでもこんな時が続いて欲しいと思った。

 そしてどこか危うい均衡を保ちながら時は過ぎ、次の大きな転機はサミュエルの卒業の時にやってきた。


「フレアと婚約するんだ」


 そう言った時のサミュエルの笑顔を、リリアンは忘れることができない。


 たしかに、サミュエルとリリアンの間にはそれまで男女の恋愛的なものは何もなかった。

 しかしリリアンは自分がサミュエルの特別だと思っていたから、自分以外の誰かとサミュエルが結ばれるなど信じられなかったのだ。


 あの時、自分はなんと返事をしたのか。

 リリアンは思い出すことができない。


 そしてリリアンの心を置き去りに、サミュエルは卒業と同時に侯爵家を継ぎ、フレアと婚約した。


 今思えばそこでサミュエルとの縁が切れた方が、もしかしたら良かったのかもしれない。


 幼い頃に体の弱かったリリアンも、成長と共にだいぶ丈夫になった。

 しかし貧しい男爵家では社交の場など参加することも難しい。

 だからリリアンは、少ないながらも時々届く招待状に対して、病弱のため参加できないといって断った。

 リリアンなりに角を立てたくなかったからだ。


 そしてサミュエルに対してもそれは変わらなかった。

 今ではウォルス家からの支援なしにはミュラー家は立ち行かない。

 もしリリアンが丈夫になったことを知ったサミュエルが援助を止めることがあれば、それはミュラー家にとって死活問題だった。


 もちろん、リリアンが誰か裕福な相手に嫁いで援助してもらうことを考えなかったわけではない。

 だが、貧しい男爵令嬢を嫁に貰いたい家なんて、貴族と縁づきたい野心家な平民くらいだ。


 リリアンは平民にはなりたくなかった。

 そして元々平民だった母は、せっかく貴族の娘として生まれた娘を平民にするのを嫌がった。


 そんな中、三度目の転機が訪れる。

 それは、突然やってきたのではない。

 サミュエルが今まで以上にリリアンを優先するようになった、そのことに気づいた時だ。


 婚約者のフレアよりも自分が優先されている。

 その事実にリリアンの胸は今までになく高鳴った。


 なぜなのか理由はわからないまま、サミュエルはリリアンが呼べばすぐに来てくれるようになった。


 とはいえ、どうでも良い用事で呼ぶことはできない。

 だからリリアンは、いつも体調不良を理由にした。

 ミュラー家の主治医をしてくれていた医者の弱みを、偶然握ることができたことも大きかった。

 

 そうやって、一度離れてしまったサミュエルとの縁をさらに強くすることができたと思っていたのに。


 サミュエルは、フレアとの結婚を、決めてしまったのだ。

数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。


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