サミュエルの後悔<一> Sideサミュエル
(なぜだ……なぜこんなことに……)
領民から徴収した税収、鉱物を売却して得た収入、そこから人件費などの必要経費を引いて出た金額が記載されている書類を見ながら、サミュエルは頭を抱えていた。
領地を運営するには当然それなりの金額がかかる。
サミュエルとてそんなことはわかっていた。
しかし今まで、両親は元より自分自身もお金について困ったことがなかったから、今のこの現状をどうしたら良いのかがわからない。
(それもこれも全部、フレアが悪い!)
ぐしゃり、と手の中で書類が握りつぶされる。
その書類をまるでゴミのように執務机の上に放り投げて、椅子の背にもたれるとサミュエルは右手で顔を覆った。
思い出されるのは公爵家の休憩室で会ったフレアの顔だ。
以前はあんなにも自分の関心を惹こうとしていたのに、もはや興味などないとでもいうような顔をしていた。
学園で出会って以降、フレアの目にはいつでもサミュエルへの愛情が溢れていた。
好きで、好きで好きでしかたないのだと、瞳を見るだけでも伝わってくるくらいだったのに。しかしあの時のフレアにはもうそんな情熱はかけらもなかった。
酷く冷めた目と迷惑だと言わんばかりの態度。
エイダンだとかいう優男に寄り添い、サミュエルからの申し出を躊躇うことなく切り捨てた。
「フレアのくせに、生意気だ」
そう呟いた声が誰に聞かれることなく落ちていく。
苛立ちのままに机の上に置かれたカップを手に取って飲めば、中の紅茶はすでに冷め切っている。
領地の経営が傾いてから、使用人の数は減るばかりだ。
人件費は固定費だ。人を多く雇っていればそれだけ費用がかかる。だから今は最低限の人数に抑えていた。そのため細かな部分が行き届いていない。
腹立ち紛れに使用人を呼びつけて叱責しようと思ったサミュエルだったが、何とかその衝動を抑える。
先日給与を下げたことから使用人の間で不満が出ていることを知っていたからだ。
(これ以上人が減るのは困る……)
使用人の中で、給与の高かった者たちは多少の報奨金と紹介状を持たせて解雇した。さすがに紹介状も書かずに追い出せば何を言われるかわからないためだ。
貴族の家の使用人たちは意外なところで他の家の使用人と繋がっているから、家の評判を落とさないためにもある程度の気遣いが必要だった。
そして給与の低い者たちで家の中を取り回すことになったのだが、使用人の程度が変われば居心地も変わる。
(給与を下げても家令が残ってくれただけ良かったと思うべきか)
家令はサミュエルの父の代から仕えている。元々代々ウォルス家の家令を担っている家系だから残ってくれたのかもしれない。
(しかし、どうするべきか…‥)
再び手元の書類へと目をやり、サミュエルは大きなため息をついた。
そうやって頭を抱えていたら、急に執務室のドアが開く。
「サミュエル! 新しいドレスを作っちゃダメって、どうして⁉︎」
部屋に飛び込んできたのはリリアンだ。
今日もレースやフリルの多いドレスを身に纏い、首元にはネックレス、手には何個もの指輪をはめている。
「……ドレスはこの前作ったばかりだろう?」
「そのドレスは公爵家の夜会に来て行ったでしょう? 今度は伯爵家で開催される夜会に招待されたの。同じドレスなんて着ていけないわ!」
たしかに、高位貴族であればあるほど同じドレスを来て参加することはない。ウォルス家は曲がりなりにも侯爵家だ。それなのに続けて同じドレスを着ていけば経済状況を疑われ、同時に家同士のつき合いに響く。
それはサミュエルもわかっていた。
「なら何か理由をつけて断るんだ。リリーは元々病弱なんだから、体調が悪いとでも言えば相手も納得するだろう?」
「いやよ」
「なんだって?」
「……だって、社交も大事な仕事の内でしょう?」
リリアンは口ではそう言っているが、本音はただ単に次期侯爵夫人としてお茶会に参加したいだけだというのをサミュエルは知っている。
元々物事の機微に疎いサミュエルではあったが、先日公爵夫人から遠回しではあるが直接苦情を受けたからだ。
『リリアン様は侯爵様の婚約者であるという地位を笠に着て傍若無人な振る舞いをされます。少し教育をされた方がよろしいのでは?』
あの時の恥ずかしさをサミュエルは今でも思い出す。
男爵令嬢として最低限のマナーは身につけているはずだが、元々病弱を理由に社交界への参加も少なかった。
ましてや高位貴族の集まる夜会になど、サミュエルと婚約するまでは縁がなかっただろう。
(フレアならこんなことにはなっていないだろうな)
フレアの立ち居振る舞いは完璧だった。もとより家でも厳しく教育されてきたのだろうが、本人が商会の運営にも携わっているからか、その辺りのマナーは徹底していた。
相手につけ入る隙を与えるのは商会にとって損失でしかないのをよく知っていたからだろう。
サミュエルが覚えきれていない時事問題が会話に出た時なんて、そっと耳打ちして助けてくれることすらあった。
それがあの時は生意気な態度にしか感じられなかったのだが、今にして思えば侯爵夫人にこれほどまで相応しい令嬢はいないと思える。
(そもそも、私はリリーに恋愛感情があるわけではないんだ!)
フレアはサミュエルがリリアンに特別な感情を抱いていると思っていたようだが、そうではない。
サミュエルがことごとくフレアよりもリリアンを優先した理由は、他にあった。
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