婚約破棄のその後
サミュエルとの話し合いを経て、そう時間の経たないうちにフレアとの婚約は破棄された。
フレアの希望はすべて通り、今後サミュエルとリリアンは結婚する。経緯が経緯なだけあり二人の婚約期間は短かった。
フレアは親しい友人を招いてお茶会を開き、自身の婚約破棄の報告と同時に、慰謝料の代わりにサミュエルとリリアンの結婚を勧めたことを公表した。
「フレア様は心が広いのね」
「そうよそうよ、あの二人の結婚を許すなんて」
「むしろ背中を押してあげたのでしょう?」
令嬢たちは今までの経緯をある程度知っていたこともあり、総じてフレアに同情的だった。
「お二人の間に私が割って入ってしまったのだわ。今思えば申し訳なかったと思っていますの」
フレアはあえて悲しそうに、そして自分が悪かったのだと振る舞った。
社交界は本音と建前の入り混じる場だ。
誰もが自身の立場によって言うことを変えるし、本当のことを話すとは限らない。
だからフレアも、サミュエルの裏切りによって傷ついた令嬢を演じた。
『浮気されて婚約破棄された令嬢』と言うのは不名誉ではあったが、サミュエルとリリアンはそれ以上の醜聞にさらされている。
しかし彼らも領地のことを考えれば社交をしないわけにもいかず、渦中の人であることを承知の上で夜会に参加していた。
婚約破棄をしてからあえて彼らと同じ夜会には参加してこなかったフレアも、主催者によってはそうはいかない場合がある。
その日の夜会は、そんなしがらみのある場だった。
♢♢♢
「今日の夜会、パートナーが私でよかったのか?」
そう聞いてきたのはフレアの祖父の弟の孫、つまり遠縁に当たり、これからリックベルト家を継いでいくエイダンだ。
血のつながりがあるとはいえ遠いからか、エイダンはゴールドの髪に濃いロイヤルブルーの瞳を持つ。
フレアは夜会のために迎えにきたエイダンと、応接間でつかの間のお茶の時間を楽しんでいた。
「もちろんよ。むしろあなた以外に私のパートナーになってくれるような人はいないじゃない」
つい最近まで長年サミュエルと婚約しており、婚約破棄をしたばかりという、ある意味話題の人になってしまったフレアのパートナーを余計な思惑なしに務めてくれる人なんていないだろう。
今フレアの周りにいる身近な男性といえば、父かエイダン、そしてルキウスだけだ。
ルキウスは従者だからパートナーになってもらうことはできないし、父は母をエスコートすることが決まっている。
となれば頼めるのはエイダンしかいなかった。
「君が婚約破棄をしたと聞きつけて、たくさんの釣り書きが届いたって聞いたけど?」
「それは私がリックベルト家を継ぐと思われているからよ。そうでないとわかったらあっという間にこなくなるわ」
サミュエルとの結婚が止めになったフレアは、リックベルト伯爵令嬢のままだ。
リックベルト家にはフレア以外に子がいないから、フレアと結婚すればリックベルト伯爵家に婿入りすることができると思っているのだろう。
ルアール国は基本的に男子が爵位を受け継ぐが、もし男子がいなければ女子でも継承することができる。
令嬢が爵位を継いだ場合結婚する相手は婿入りとなり、結婚相手が爵位を持つことはできない。しかしその二人の間に生まれた子は次の後継者となることから、貴族家の次男や三男はそういった相手との結婚を求めていた。
そしてそんな立場にいる令嬢は王国の中でも少なく、いまやフレアは多くの令息にとって魅力的な結婚相手になっている。
「彼らの目的はリックベルト家よ。王国でも有数の商談をもつ裕福な伯爵家だなんて、魅力的でしょうね。つまり、私なんてどうでもよくて、跡を継げるかどうかが大事なの」
婚約破棄した令嬢という、ある意味不名誉な立場のフレアに求婚してくれるのだからありがたいと思うべきなのかもしれない。しかし今のフレアは結婚なんて考えたくもなかった。
「私なんてどうでもいい、だなんて言わないでくれ」
そんなフレアに対して、エイダンが少し怒ったように言う。
「なぜあなたが怒っているの?」
その理由がわからなくてフレアは首を傾げながらそう聞いた。
「あのろくでなしのせいで、フレアが自分を卑下するのが許せなくてね」
そう言いながらエイダンが手に持っていたカップから一口紅茶を飲む。そして一拍おいて言葉を続けた。
「フレアは今も昔も魅力的だ。ただ、男を見る目が残念なだけで」
たしかに、あのサミュエルを盲目的に何年も好きでいた自分は男を見る目がないのだろう。
「そうね、ダメな男を好きになったことは反省点だわ」
「なんだ。魅力的、のところには反応してくれないのか?」
「それはあくまでエイダンの主観でしょう? 親戚のよしみで好意的に言ってくれていることはわかっているもの」
エイダンは人を傷つけるようなことを言わない。そして落ち込んでいれば必ず励ましてくれる人だ。
だから今も、元気づけるためにそう言ってくれたのだろう。
「言葉通りに受け取ればいいのに。素直じゃないな」
苦笑しながらそう言ったエイダンが、手にしていたカップをソーサーに戻した。
「さて。そろそろ行くか。お手をどうぞ、お嬢さま」
フレアの目の前に、エイダンが大きな手を差し出す。
おどけたような言い方がおかしくて、フレアは笑いながらその手を取った。
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