夜会
ルアール国では同じ貴族といえども参加できる夜会が異なる。公爵家、侯爵家、伯爵家が参加できる夜会と、子爵家、男爵家が参加する夜会だ。
その中でも今日は公爵家主催ということもあり、いつにも増して参加者が多かった。
王都でも有数の広さを誇る公爵家の馬車停めには数多くの馬車が連なり、煌びやかに着飾った紳士淑女が邸宅内へと吸い込まれていく。
今日は比較的厳格ではない会だからか、参加者は爵位順ではなく到着順に紹介されていた。
エイダンにエスコートされたフレアは、両親と共にホールへと足を踏み入れる。
そして名前が呼び上げられた瞬間、参加者たちの視線が一気に集まった。
「いやぁ、大人気だな」
突き刺さるかのごとく数多くの視線が向けられているにもかかわらず、エイダンはいたって平気そうだった。
人前に出ることが多いフレアであっても多少の気後れを感じたことを思うと、エイダンはフレア以上に場慣れしているのかもしれない。
「私たちは公爵夫妻に挨拶した後、仕事関係の方たちと話をする予定だ。せっかくの夜会なのだから二人は楽しみなさい。エイダン、フレアを頼むよ」
「お任せください」
父にそう言われ、エイダンがにこやかに答える。
「フレア、今日はあいつらも参加するんだろう? 私のそばを離れないようにな」
改めてそう言って、エイダンは彼の肘の辺りに添えているフレアの手をポンッと叩いた。
今まで一緒に夜会に出ることがなく、そしてフレアは常にサミュエルを見つめていたから気づかなかったが、エイダンはご令嬢方の視線をかなり集めている。
(たしかに、よく見れば背も高くて顔立ちも整っているものね。それでいて仕事の能力も高いともなれば……彼女たちにとってはとても良い結婚相手だわ)
隣を見上げながら、フレアはそう思った。
ましてや、まだ公表はしていないとはいえリックベルト家の後継者だ。
それも合わせて考えれば、公爵令息にも引けを取らないくらいの優良株だろう。
「私から頼んでおいてこんなことを言うのもおかしいけれど、今日の夜会に誘いたいご令嬢はいなかったの?」
「全然。適齢期ではあるけれど、まだ結婚とかを考えたくないんだよ」
少し申し訳なく思ってフレアがそう言えば、エイダンがあっさりと答えた。
二十歳のフレアが適齢期なのだから三歳年上のエイダンも当然そうなる。さらに婚約者もいないとなれば、かなり珍しい部類だった。
「覚えないといけない仕事も多いし、今は自分のために時間を使いたいんだ。婚約者がいたり、結婚したらそういうわけにはいかないだろう?」
たしかに、結婚相手が仕事ばかりであれば家庭生活に問題が起こりそうだ。
「そう。それなら遠慮なく利用させてもらうわ。……むしろ私があなたの虫除けをした方がいいのかしら?」
それこそ遠慮のない言いように、エイダンが小さく笑う。
「そうだな。私もフレアの虫除けをするから、彼女たちを牽制するのを協力して欲しい」
チラリと、自分たちに近づこうとしている令嬢たちを流し見ながら言われ、フレアもまた笑った。
どちらか一方が与えるばかりではなく、持ちつ持たれつの関係の方がフレアも気が楽だ。
「わかったわ」
それに、長い間サミュエルの婚約者だったフレアは決まった相手がいない状態で夜会に参加したことがない。
(せっかくだから楽しまなければ損ね)
婚約者もいない、結婚相手を探しているわけでもない夜会は、思いの外楽しめそうだった。
「レディ、私と踊っていただけますか?」
おどけたように言いながら差し出されたエイダンの手を取り、フレアはホールの中央へと向かう。
そして多くの人たちがくるくると踊っている中に混ざると、軽やかなステップを踏んだ。
「……どうやら、ご登場のようだぞ」
ダンスの途中、クルリとターンしたところでエイダンがそう言った。
彼の視線をたどれば、ホールの入り口にサミュエルとリリアンの姿が見える。
リリアンは男爵令嬢だから本来なら今回の夜会への参加資格はない。しかしサミュエルの婚約者ともなれば話は別だ。
(ここに集まるのは高位貴族の令嬢ばかり。彼女たちは観る目が厳しいし、リリアン様は問題なく過ごせるかしらね)
そんなことを思いながらも、フレアの体はリズムを刻んでいく。
「ウォルス家が経営難というのは本当みたいだな」
踊りながらエイダンに耳打ちされ、フレアも心の中で同意した。
お互いの色でそろえられた衣装は新しくあつらえた物なのだろう。しかし明らかに生地の質が悪い。見ただけでわかるくらいだから相当だった。
そもそも高位の貴族であればあるほど同じ衣装を着て夜会に参加することは少ないのだが、最近では一度身につけた物であっても上手く再利用することが良いとされている。
だから工夫すれば以前の衣装の一部を取り入れることも可能だったはずだ。
(きっと、リリアン様が嫌がったのでしょうね)
元々リリアンは病弱を理由に社交界への参加は少なかった。それに、参加するとしても下位貴族の集まる夜会にしか出られない。
だからわからなかったのだろう。
本来であればその辺りをサミュエルが教えなければならないのだろうが、彼もまた夜会の衣装などはフレアに任せきりだったからわかっていなかったに違いない。
「こちらに気づいたみたいだ」
エイダンにグッと腰を引き寄せられたと同時に、そう囁かれる。
(挑発でもするつもりなのかしら?)
軽口を叩くことはあっても、エイダンは紳士だ。ただのパートナーに必要以上に触れることはない。
もちろん、だからといって自分がエイダンに特別に想われているわけではないことをフレアは知っている。同様に、フレアもまたそういった感情をエイダンに持っているわけではなかった。
「身の程を知るべきだと、フレアもそう思わないか?」
その一言で、エイダンもまた密かに怒っていることをフレアは理解する。
(家族を傷つけられたみたいな感じなのかもしれないわね)
エイダンは昔からフレアを妹のようにかわいがっていたから。
「そうね。そう思うわ」
だからフレアも、エイダンの首へと手を回すと踊りながら今まで以上に近づく。
そんな二人を、サミュエルが驚いたように見ていた。
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