022話
『しかしリソースを返さないで良いとは、随分と気前が良いですね……』
そう言いながら神は、新しいビールを生み出してアラグ=ザインに差し出す。ついでにレシピも渡し、自分の分もまた生み出して口に含んだ。
《いや、むしろ追加でリソースを提供しに来たのが本来の来訪目的だ。その代わり、共同観察権が欲しい。俺の分体をしばらくここに居候させてやってくれ。邪魔はしない、盗みもしない。それはお前も分かってるはずだ。我々が同じ創造主の支配下にある限り、それは不可能だということをな》
神は一瞬、自らの主要な機能を割いてこの提案の裏付けを思考した。
彼は既に創造主から高い評価を受けており、もはやそれ以上を必要とする段階にはない。さらに、彼の世界は進化の限界に近づきつつあり——終焉、それも自滅という形での——到達点に手が届こうとしていた。そこで任務は完了し、上位構造へのアップグレードが与えられるはずだった。
『貴方はもう、ただゴールを待つだけの存在のはずです。今さら、どうして新しい因子を求めるのですか?』
《だからだよ! 俺はゴールなんざしたくねぇんだよ!》
突如として語気を荒げ、彼は言葉を続ける。
《俺はずっと、あのお気に入りの世界を弄り続けたかったってのに……。創造主は“進化の最終到達点”を“自滅”と定義し、そこをゴールに設定してやがる。ふざけた話だ。だからそれを少しでも先延ばしするために、新たな因子が欲しくてたまらないんだ》
神は驚いたように目を見開き、問い返す。
『……驚きました。貴方はもっと効率を重視する方だと思っていました。だからこそ、あれだけ世界に介入して変革を促していたのだと……』
《逆だ、逆》
彼は笑いながら、空になったビールのジョッキをこちらに突き出す。
《俺は最初からゴールになんか興味はなかった。積極介入して世界を刺激し続けた理由は、世界に“俺を倒そうとする存在”を生み出したかったからだ》
『……倒そうとする、存在?』
《ああ。そんな奴が現れれば、子機ユニットとして分離・独立させられるだろ? そうなれば、その新しい世界でまた遊べる。今度は“複数の星系”どころじゃない。1銀河系すべてに手を加えて、根本からシステムを構築し直すような大規模遊戯ができるんだよ》
神は静かにうなずいた。
『壮大な構想だったのですね……だから常に戦争をどこかで起こし、技術進化の促進を最大効率で進めていたのですか』
《そうなんだがな……結局、戦争依存の経済体制、戦争依存の技術体系、そして文化。それらが噛み合って、3星系の開発で限界に達した。結果として、MAD(相互確証破壊)モードへ突入だ》
彼はビールを一気に飲み干すと、やや悔しげな声で続けた。
《もうちょっと粘ってほしかったが……これは俺が“外交”だの“融和”だの“協調”だのを疎かにした結果だろうな》
少し間をおいて、ビールを注ぎ直しながら笑う。
《お前のところの“イレギュラー”は、きっとそういったものを引き出してくる存在だ。だから、俺はそいつを観測したい》
アラグ=ザインの管理エリアで起きているMADとは?
MAD(Mutual Assured Destruction/相互確証破壊)とは、「戦争を始めた瞬間に、相手も自分も確実に滅びる」状態のことです。
これが同じ恒星系内の惑星間で起これば、報復兵器の応酬によって両文明が丸ごと消し飛ぶことになります。
勝者は存在せず、開戦=共倒れ=文明の終焉という結果だけが残ります。




