『迷宮革命』第8話・文明の火
この作品では、神話や伝承の偉大なる存在に対しての独自解釈があります。
宗教や信仰への敬意を払いながら描写していますが、エンタメ作品として読んでいただけると幸いです。
「……勇者スカジを、捕らえろ」
それは、最後の希望に裏切られた者たちの、焦りの命令だった。
勇者スカジ。ドワーフの誇りにして、最強の戦士。
過去一回の魔王討伐を経て、此度の魔王サティーナの討伐にも向かった、勇者の中の勇者だ。
その彼女が戻ってきたと聞いて、都は沸いた。
そして……失望した。
スカジ様は、魔王と戦おうとしなかったからだ。
「世界を救いたいなら、手先が器用な者を集めろ」
ただ、それだけを言って、ドワーフの都に滞在している。
だから、長老たちは決めた。無理やりにでも戦わせると。
俺たちは、そのために集められた。
力自慢の若者ばかり。スカジ様を取り押さえるための“戦力”。
……そのはずだった。
◇◇◇
「……ついて来い」
スカジ様は、俺たちを一瞥して、それだけ言った。
拍子抜けするほど、あっさりと。
「お、おい……今だろ!?」「囲むんじゃないのか……!」「合図は、誰が出す!?」
小声が飛び交う。だが、誰も動けなかった。
圧が、違う。
立っているだけで分かる。この人には勝てない、と。
結局、俺たちは何もできないまま、彼女の後をついていくしかなかった。
俺たち、長老の密命を受けた者たちの他に、勇者スカジを一目見ようというミーハー。そして、本当に手先が器用な者たちが集まったのだ。
スカジ様が向かった先は、大地の中央部。見慣れない山脈を迂回して、なだらかな山道を歩く。そして……
「なっ……正気かよ」
思わず声が漏れる。
開けた高台から見えたのは、魔族の都……魔王サティーナの支配する領域だった。
だが、スカジ様は、振り返りもしない。
やがて、見えない壁のようなものにぶつかる。
魔都の結界。
そこに、一人の少年が立っていた。
「くふふふ。お待ちしていましたよ、勇者スカジ」
妙に整った服。にやけた笑み。どこか、人間離れした雰囲気を纏う。
スカジ様は、鼻で笑う。
「勇者は廃業だ。そうだな……工場長ってのは、どうだ?」
「いいですねぇ、それ!」
少年は、嬉しそうに手を叩いた。
「スカジ工場長。親方衆が待っていますよ」
……工場長?親方?
俺たちは顔を見合わせる。何かが、おかしい。
◇◇◇
案内された先で、俺たちは言葉を失った。
炉が並び、鉄が赤く焼けている。ハンマーの音が、絶え間なく響く。
そこに立っていたのは……
人間たちだった。しかも、年配ばかり。
だが、その目は、鋭い。まるで戦士のような気迫。
「来たか」
一人が前に出る。
「お前らを、鍛冶師にするようにと、公爵様から言いつかっておる」
「……鍛冶師?」
誰かが、間の抜けた声を出す。
「ふざけるな!俺たちは、勇者スカジを捕らえに……」
「黙れ」
低い一喝。それだけで空気が張り詰める。
「鍛冶の道はな、日々鍛錬だ。不満を言っている暇は無い」
その言葉には、妙な説得力があった。
「……基礎は叩き込む。あとは、自分で仕上げろ」
親方衆と呼ばれた人間たちは、品定めふるように睨みつけてくる。
「はい!では、精錬を希望する人は、こちらの『11時の街』で。製作を希望する人は、馬車に乗って『10時の街』に向かいます!」
案内の少年が、悪魔のような笑みを浮かべながら言う。
もう、逃げ場はない。
勇者スカジを捕らえるために集められた俺たちは、二手に分けられ、それどころではなくなってしまった。
その先は、地獄だった。熱い。重い。痛い。
ハンマーは思うように振れず、鉄は歪み、何度もやり直し。
「違う!力任せに叩くな!」
「音を聞け!鉄が泣いている!」
親方の怒号が飛ぶ。
火花が散り、腕に当たって焼ける。
「っ……くぅ……!」
何度、やめようと思ったか分からない。中にはリタイアした者もいる。だが……
叩いて、叩いて、叩いて。少しずつ、形になっていく。
ぐちゃぐちゃだった鉄が、“道具”になっていく。
水に浸した瞬間、じゅう、と音が鳴る……その音が、胸の奥に落ちた。
「……できた」
それは、小さなナイフになった。まだ刃を引いてないが、俺は誇らしげに宙に掲げる。
「やりゃあ、できるじゃねぇか!次は、剣を作らせてやる!」
親方が覗き込む。一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「……はっ、はい!ありがとうございます!」
何かを作る。そして、人に認められる。
ここには、それがある。そう、感じることができた。
◇◇◇
ある日のことだった。作業場の隅で、スカジ様と二人きりになる。
「……なあ。なんで、勇者をやめたんだ?」
俺は、思わず声をかけていた。
スカジ様は、一瞬だけ目を細めた。
「……勇者の時代は終わった。魔王に挑むのは、勇者じゃなくてもできる」
俺は、言葉を失う。
魔王サティーナは強大で、確かにスカジ様は一度負けた。
だけれど、今一番、魔王を倒せる可能性が高いのは、『勇者』であるスカジ様だ。
「……でも!みんな、あんたを待ってるんだ!戦ってほしいって……」
スカジ様が、俺の言葉を遮る。
「お前は、どうなんだ?……お前は、何がしたい?」
俺の心を見透かしたような、その問いに詰まる。
視線が、自然と手に落ちた。
マメだらけの手。痛みと、熱と、重みが刻まれている。
「……分からない」
正直に答える。
「でも……前よりは、“生きてる”気がする」
スカジ様は、一瞬だけ沈黙して……
「ははははっ!そうだ、それでいい!」
豪快に笑った。
「それが、きっと……あいつが教えたいことだ」
肩を叩かれる。痛いが、不思議と嫌じゃない。
「あいつ……?」
問い返す前に、スカジ様は背を向けていた。
その夜。俺は、眠れなかった。
炉の音が、まだ耳に残っている。鉄を打つ感触も。
確かに、“生きている”。だが……
「……それで、いいのか?」
魔王は、倒さなくていいのか。世界は、このままでいいのか。
答えは、出ない。だけど……
「選ぶのは、自分だ!」
俺は、ハンマーを置いた。
向かう先は、決まっていた。
都の広場に立っていた、あの立て札。
『冒険者ギルド設立』。
俺は、冒険者ギルドの門を叩いた。
◇◇◇
魔王城の一室。
ふかふかのソファーに寝転がりながら、双子の天使が足をばたつかせている。
「うむ!冒険者は育ってきたぞ!」
「鍛冶師の修練も、順調に進んでいるみたいです」
フレイとフレイアは、どこか誇らしげだ。
鍛冶はドワーフ……と言いたいところだったけど、この世界には技術が無い。
だから、異世界……『王国』から、技術者を招いた。
そして、スカジにはドワーフを中心に、見込みがある者を集めてもらった。
彼らを、設備が整いつつあったクロノシア領で実習させる。
冒険者ギルドは機能し始め、鍛冶の基盤も整いつつある。
……選び始めている。エルドラドの民は、自分たちの意志で。
「魔王よ、次は?」「どんな手を、考えているのですか?」
フレイが、くるりと体を起こしてこちらを見る。
フレイアも、興味津々といった顔で身を乗り出してくる。
「そうね……次は“知識”かしらね」
私が、そう言うと、二人は首をかしげた。
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