『迷宮革命』第7話・冒険者ギルド
この作品では、神話や伝承の偉大なる存在に対しての独自解釈があります。
宗教や信仰への敬意を払いながら描写していますが、エンタメ作品として読んでいただけると幸いです。
「……魔王に、勝てるわけがない」
人間族の長老は、そう言い切った。
年老いた声は乾いていて、諦めの色があった。
「『勇者』でさえ、勝てなかったのだ。儂らのような普通の人間に、何ができる?」
周囲の者たちも、頷くばかりだ。誰も反論しない。
……いや、できないのだ。
魔王サティーナ。あの圧倒的な存在を、遠目に見ただけで理解した。
あれは、俺たちが、どうこうできる相手じゃない。
長老は、ゆっくりと俺を見て諭す。
「生き延びることを考えよ……それが、現実じゃ」
……現実。
その言葉が、やけに重く胸に残った。
魔王サティーナの『宣戦布告』。
あの日から長老たちは、『勇者召喚の魔法陣』の再稼働の方法や、人間の勇者・アルテミスの行方を探している。
ふと、両手に残る感触を思い出す。剣を握り、何度も叩き落とされたあの感覚。
勇者・アルテミスに稽古をつけられた日々。
勝てないと分かっているのに、あの人は俺たちに剣を教えた。
何度倒されても、立てと言った。意味なんて、分からなかった。
なぜ、そんなことを……
◇◇◇
人間族の都は、不安な顔をする者で溢れていた。
そんな中、広場の中央に、見慣れないものが立っているのに気づく。
粗末な木の板。そこに、大きく書かれた文字。
『冒険者ギルド設立』。
「……なんだ、これ」
近づいてみると、簡素なテントが張られていた。
中には、帳面を広げて羽ペンを走らせている少年と、ビスケットを食べている男性が椅子に座っている。
二人とも妙に整った服装をしていて、周囲の空気から明らかに浮いている。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへ、ようこそ!」
先ほどまで仏頂面だった少年が、にこやかに笑った。
「……冒険者、ギルド?」
聞き慣れない言葉に、思わず眉をひそめる。
「ええ。魔王討伐を目指す方々のための、支援組織です」
さらりと言ってのける、その口調に、違和感を覚える。
まるで……それが当たり前であるかのように。
「支援、って……」
「登録制度、依頼の斡旋、報酬の支払い。それに、初心者講習も行います」
淡々と説明される内容は、どこか現実味がない。
いや、むしろ逆だ。現実的で合理的すぎるのだ。
今まで、この世界には、そんな“仕組み”はなかったのに……
「……そんなことして、何になる」
思わず、疑いの言葉が出る。
少年は、きょとんとした顔をして、それからクスリと笑った。
「魔王に、挑むのでしょう?」
当然のように言われて、言葉に詰まる。
確かに、魔王サティーナに挑まなければ、俺たちは支配されたままだ。
しかし魔王は強大で、俺たちは……普通の人間だ。『勇者』じゃない。
その時、後ろから小さな声が聞こえた。
「あの……」
振り返ると、小柄な身体に尖った耳……フィッツが立っていた。
不安げに、でもまっすぐに、受付の少年を見ている。
「ぼ、僕も……魔王に挑戦しても、いいんですか?」
その問いに、思わず息を呑んだ。
あまりにも無謀で、あまりにも真剣だったからだ。
少年……ギルドの職員は、にやりと笑った。
「……くふふふ。もちろんです」
その笑みは優しかった。だが、どこか底知れないものを感じさせる。
「冒険者ギルドは、あなた方を歓迎しますよ」
フィッツの顔が、ぱっと明るくなる。
「ほ、本当ですか……!」
「ええ。誰であろうと、志がある者は、冒険者になれます」
その言葉に、胸の奥が強く揺れた。
誰でも、なれる?俺たち、普通の人間でも?
……その時、ふと気づく。アルテミスの言葉を。
いや、言葉じゃない。あの人は多くを語らなかった。
だが、剣を交える中で、何かを伝えようとしていた。
何度倒されても、立てと。諦めるなと。
……あれは、戦い方じゃない。
「……選べってことか」
思わず、呟いていた。
戦うか、逃げるか。自分で選べと。
フィッツが、俺を見上げているのに気づく。
「あなたも……冒険者になるんですか?」
その目は、少し震えていた。
怖いのだろう。俺だって怖い。でも……
「……ああ、一緒にやろうぜ」
俺は、頷いていた。自分でも驚くくらい、自然に言葉が出たのだ。
「魔王を倒すんだろ?」
フィッツは一瞬きょとんとして、それから力強く頷いた。
「はい!僕たちは……『勇者』の子孫ですから!」
その言葉に、周囲の空気が少し変わる。
誰もが、どこかで聞いたことのある話。
勇者の血を引く者たち。
「フィッツの勇者・葛葉が言っていました。僕たちには『力』が眠っている、と」
俺は、テントの中へ足を踏み入れた。
「……登録、する」
少年の職員は満足げに頷き、男性の職員は驚いたのかビスケットを落とす。
「こちらに、お名前をどうぞ」
魔王を倒した歴代の勇者は、住民と同化していった。今では、誰もが『勇者』の子孫だ。
だけど、勇者の血なんて大層なものじゃない。
俺は、このフィッツの『勇気』に背中を押された。
自分の運命は、自分で選ぶのだ、と。
◇◇◇
冒険者ギルドの初めての講習が行われる。
魔王城の壁面には、エルドラドが、その様子を映してくれる。
私、サティーナは、静かに見守るのだった。
『では、これから講習を始めます』
パイモン君の声が、講義室に響く。
『まずは、装備を整えるところからです』
しかし、周囲はざわめいた。
『装備……?』『剣とか、盾とか?』『魔族の宝物にあるらしいが……』『おいおい、そんなの博物館に飾っているぞ』『どこで買えばいいんだ?』
その問いに、パイモン君は天を仰ぎ、カメラ目線になる。こっち見んな。
『まずは、基礎訓練しようか……いいよね、パイモン?』
ビスケットを食べてたバルバトスが提案する。
『……ああ。頼んだよ、バルバトス』
パイモンの決定に、新人冒険者たちは悲鳴を上げる。
「困ったものね。インフラが整っていたから、鎧鍛冶くらいあると思っていたのだけど……」
私は、肩をすくめる。
『魔族との争いは全て「勇者」が行っていた。民は戦う術を持たぬ』
エルドラドも、お手上げといった様子。
『どうするのです、魔王様。冒険者ギルドを作って冒険者たちを、それとなく導く作戦がパーですよ?』
モニター越しに、パイモン君が語りかけてくる。
……装備がない。
つまり、エルドラドの民には“戦う文化”そのものが存在しない。
「……詰んでるじゃない」
だが、それでも!
「……なら、作るしかないわね」
私の頬が、自然と吊り上がる。
「『現実チート』、解禁よ!」
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