『迷宮革命』第5話・温泉秘話
この作品では、神話や伝承の偉大なる存在に対しての独自解釈があります。
宗教や信仰への敬意を払いながら描写していますが、エンタメ作品として読んでいただけると幸いです。
双子の天使・フレイとフレイアは、魔王こと私、サティーナに勝利した。
彼女たちは、私に望みを告げる。
「儂らの……」
「望みは……」
一拍。その言葉が、この世界の秩序を変え得る。
「「 魔 王 様 に 仕 え る こ と 」」
玉座の間に、奇妙な静寂が落ちる。
「……へっ?」
思わず、私の間の抜けた声が漏れた。
「いやいやいや!なんで、勝ったあなたたちが、私に仕えるの!?」
勝負は、私の降参で終わったはずだ。時を止め、運命すら捻じ曲げた私は、ゲームマスターとして難易度設定をミスった。
「儂らは、魔王サティーナに、仕えるのじゃ!」
「そうです。魔王様に仕えるのが、私たちの望みです」
混乱する私に脇に、双子天使は顔を見合わせて話し合う。
「あれ?魔王様の宣言だと、魔王を倒した者に望みの褒美を与える、ってニュアンスですけど」
「そうじゃ。だから儂らの『魔王に仕える』は有効のはずじゃ!……のう、魔王!」
急に振られて、理解が追いつかない。
「あ、えっと……確かに、望みは思いのまま、みたいな感じだったけど……」
勝者の双子天使が、敗者の魔王に仕える。意味が分からない。
だが、もっと意味が分からないのは、その直後だった。
「サティーナァァ!あの、ちんまい天使どもは、どこだ!!」
豪快な声と共に、扉が勢いよく開く。現れたのはスカジだ。
「落ち着いてください、スカジさん。魔王城の扉は壊れませんが、威厳は壊れます」
その後ろには、ニョルズが肩をすくめている。
「威厳なんざ、最初からないだろう?」
「いや、あるわよ!?」
思わずツッコミを入れてから、私は咳払いをした。
「ごほん……で、二人とも。どうして、そんな血相で?」
ニョルズが、一歩前に出る。
「サティ様。あの双子の天使ことですが、温泉で出会ったのです」
「あの子たちと……温泉で?」
あの時の記憶が、じわりと浮かび上がる。
朱雀湖のほとりの温泉宿。湯気に包まれた夜。
私は、スカジとニョルズを仲直りさせるために、山と海の中間、すなわち温泉に訪れていた。
そして、三人で宿泊場で寝た。川の字になって。
それから翌朝……確かに、お酒が入っていた、だけど……
私たち三人の他に、五歳くらいの少女二人が、一緒に寝ていた!
私は……なんだか、怖くなって逃げ帰った!今にして思うと……
私は、頭痛がする頭を抱えながら、双子を見る。
黒ゴスロリの姉・フレイは腕を組み、白ゴスロリの妹・フレイアはニコリと微笑む。
やっぱりだ!あの夜に、彼女たちは温泉にいた!
……そう確信した私の脳裏で、思考の歯車が噛み合う。
◇◇◇
北方の神話が成立する以前、偉大なる地母神がいた。
その名は、女神『ネルトゥス』。
人々は『ネルトゥス』を信仰し、感謝を捧げていた。
しかし、時代は移り、神々の神話が立ち上がる。
古き地母神『ネルトゥス』は、神話に取り込まれるも、そのままの姿では影響力が強い。
だから、海を司る男神『ニョルズ』として、神話に編纂された。
つまり『ニョルズ』は元々、『スカジ』と同等以上の女神だった……?
……じゃあ、温泉での出来事は?
女神は、地母神の系譜。肥沃な大地。
『スカジ』も、もちろん『ネルトゥス』である『ニョルズ』も。
『サトゥルヌス』は農耕神。大地に種を蒔く。
……うそっ!
つまり、地母神の権能によって、天使のたちは創造された?
そして、その触媒は……農耕神?
◇◇◇
「……ィーナ、サティーナ!!」
スカジに、肩をゆすられる。
「どうしたんだ?しばらく反応がなかったぞ」
……今の思考は、いったい?
「ごめんなさい。少し、考え事をしていて……」
スカジは、やれやれと溜め息を吐き、双子を見る。
「お前たち、勝手に出歩くなと言ったはずだろう」
スカジが、額に青筋を立てる。
「かっかっか!戦場に赴くのは、天使の性分じゃ!」
「ごめんなさい。でも、確かめたいことがありまして」
フレイとフレイアは、悪びた様子がない。
「彼女たちは、親を探している、と言っています」
ニョルズが、報告してくれる。『親』という単語が引っかかる。
「それから、ボクのことを『ママ』、スカジさんを『母さん』と呼んでいるんです」
うはっ!これは、マズイ!!
視線を感じて、双子を見ると、二人と目が合う。気まずい。
スカジが、首を傾げる。
「そういやサティーナ。あの時、お前だけ先に帰ったよな?」
ニョルズも、続ける。
「ええ。朝には、もう、お姿がありませんでした」
私は、一瞬、息を止めた。なぜそこを掘る。
「そ、そうだったかしら?」
自分でも驚くほど、声が裏返った。
「……とにかく。あの双子は今後、魔王城で保護するわ。私を倒したけど、敵意はない」
私の宣言を聞き、スカジが笑う。
「はっはっは!面白いではないか!仲間が増えるなら、強い方が良い!」
同意して、ニョルズも頷く。
「サティ様。クロノシア領での仕事で、ボクは魔王城の手伝いができません。彼女たちの力を借りましょう」
そうと決まれば、私はフレイとフレイアを鍛える。
魔王サティーナの、立派な手下として!
「二人とも、勝手に出歩くのは禁止。仕えるなら、まずは規律を覚えなさい」
「分かったのじゃ!」
「はい、魔王様」
双子は揃って頭を下げた。その仕草は愛らしい。どこまでも無垢だ。
スカジの目が細まる。
「ほう?勝ったのは、あっちだろう?」
「……細かいことはいいのよ!」
鋭いツッコミに、私は言い返すのがやっとだった。
その様子を見た、スカジとニョルズ、フレイとフレイアは、笑い出した。
なによ、もう!!
和やかな雰囲気が漂う中、空間が、わずかに震えた。
『サティーナ』
この世界の意思、エルドラドの思念が語りかけてきたのだ。
「エルドラド。どうしたの?」
エルドラドは、奥歯に物が挟まったように告げる。
『最後の勇者の召喚時に、我はお前たち以外の、強力な気配を呼び寄せたのだが……それに心当たりはあるか?』
エルドラドの突飛な話に、困惑する面々。
「強力な……気配!?」
なぜだろう。葛葉様の後ろ姿が、私の脳裏をよぎった。
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