『迷宮革命』第4話・追憶と先見
この作品では、神話や伝承の偉大なる存在に対しての独自解釈があります。
宗教や信仰への敬意を払いながら描写していますが、エンタメ作品として読んでいただけると幸いです。
双子の天使の魔法陣で、玉座の間全体が埋め尽くされた。
たまらず、時間を止める。だが……
「これは……範囲、全域……!?」
魔法陣から放たれる魔弾。その数が異常だった。
止まった世界の中でさえも、魔弾は隙間なく配置されている。前後左右、上空、足元。回避経路が存在しない。
時間を動かせば、私は弾幕に呑まれる。
双子の飽和攻撃。単純な威力ではない。空間そのものを“未来込み”で制圧する術式。私がどう動こうと、どこかで必ず射線に入る。
そうだ。『時間停止』の唯一の弱点は飽和攻撃。
だからこそ、四聖獣のオーラを身に纏い、魔法防御を高めたかった。
「時間停止では無理……ならば、やるしかないわね」
私は、魔弾一つひとつに意識を伸ばす。
「我が信奉を捧げる神『サトゥルヌス』よ!
我が因果の理に触れることを許したまえ!
我の身に振りかかる災厄を払い給え!
かの魔弾の運命を改変する奇跡を!」
『サトゥルヌス』を、讃える言葉。
そして、私は因果に触れる。時間ではなく“運命”に。
魔弾を意識する。軌道。角度。発動点。魔法陣の構造。
魔弾の“私に当たる未来”を、ほんの少しだけ、ずらす。
「くっ、あぁぁぁぁっ!」
世界の流れを、わずかに捻じ曲げる。
それだけなのに、汗が頬を伝う。視界が白む。
権能の力を急激に吸われているのだ。
「……これで」
時を、動かす。
次の瞬間。無数の魔弾が、一斉に解き放たれた。
だが……
私に直撃するはずだった一発が、頬をかすめる。背後に迫っていた光が逸れて、柱を撃ち抜く。
全てが、私を避けていく。
魔弾の嵐の中心は、静かな凪だった。
「……なっ!?儂らの、奥の手が……」
「こんな未来、見えなかった……」
双子の瞳が、見開かれる。
必殺の飽和攻撃を失敗させた反動か、二人はその場にへたり込んだ。
玉座の間のマナは、ほとんど枯渇している。
……だが。
「演技、という可能性もあるわね」
私は知っている。『権能によって強化された魔法』は本来、マナ不足を補うためのものだった。
権能を魔力へ変換する術がある以上、戦闘不能とは限らない。
「お姉様、『時間停止』が来ます!」
「くっ、これまでかのぅ」
私は、再び時間を止めた。拘束のために、双子の背後へ回込もうとする。
その時!ぞくり、と背筋が冷えた。
止まった世界の中で。二人の天使の瞳が……
私を、追っている!?
「……これは!」
時間は止まっている。雲も、空気も、宙に舞う塵でさえも。
なのに、二人の視線だけが、ゆっくりと動く。
黒い姉の右目、白い妹の左目が、怪しく光る。
見られている。時間の“外”から。その感覚に、胸の奥が軋んだ。
……この感覚を、私は知っている!
◇◇◇
「うぁぁぁっ!」
私の手から、訓練用の木刀が弾き飛ばされる。
「ふふふ。休憩にしよう、サティーナ」
私の兄、クロノス・オブ・イスラエールが言う。
「お兄様は、ズルいですわ!『千里眼』を使うなんて!」
「……いや、今のは純粋に、剣の腕だったのだけど」
やれやれと、お兄様は肩をすくめる。
その時、水入りのバケツが二階から落ちてくる。
「……おっと、危ない危ない」
お兄様の目が怪しく光って、水入りバケツを避ける。
それは、魔眼『千里眼』の発動。
「こんなトラップを用意してたんだね、サティーナ?」
「あと、ちょっとだったのに!!」
お兄様は『千里眼』の持ち主だった。
剣を振る私の動きに、迷いがあれば即座に指摘する。私が踏み込む前に、既に最適な位置に立っている。
圧倒的な戦闘センスと、未来を読む目。
だが、稽古が終われば、穏やかな兄だった。
勤勉で、正しく、誰よりも王に相応しい人。
……それが、あの『事件』で。
◇◇◇
……過去を思い出し、胸が締めつけられる。
この子たちは、お兄様ではない。だが、似ている。
二人の目が、時間停止を越えて、私を見ている。
私は、息を吐いた。
そして、時間停止を解除する。
「……降参よ」
私は両手を挙げて、降参の意思を示した。
双子は、ぽかんと私を見上げた。
「な、なぜですか?」
「まだ、戦えるはずじゃろう!?」
双子の追求に、私は首を振る。
「いいえ。時間停止に加えて、運命まで捻じ曲げた。これは、難易度設定に問題があった……ゲームマスターとしては、失格ね」
なんでも有りなら、ゲームではない!私は、盤面ごと書き換えてしまったのだ。
迷宮の主は、魔王は、与えられたルールの中で戦う存在でなければならない。
私は、双子を見つめる。
「それで……あなたたちのことを、教えてほしいの」
一瞬の沈黙。双子の天使は互いの顔を見合わせる。
やがて、黒い天使が高らかに笑った。
「かっかっか!儂はフレイ!見ての通り、黒ゴスロリ衣装をこよなく愛する天使じゃ!」
白い天使が、丁寧にお辞儀をする。
「あらためまして、魔王様。私はフレイア。白ゴスロリ衣装を愛している、フレイお姉様の双子の妹です」
……緊張感の余韻が、少し崩れる。
「その目は?」
私の問いに、二人は一瞬だけ視線を交わした。
「儂のは『追憶の瞳』じゃ!儂が過去を視る」
「私は『先見の瞳』です。私が未来を視ます」
なるほど。『千里眼』ではなかったけど『時間停止』に抗ったのは、やはり魔眼の力だったのね。
じゃあ、魔王攻略RTAの謎解きをしないと!
「じゃあ、フレイが私の能力を?」
「うむ。過去を見て、お主が時間を止めることを突き止めたのじゃ!」
小柄なフレイが胸を張る。小柄なのに、胸は……いかんいかん。
私は咄嗟に目線を、妹の天使に向ける。
「じゃあ、フレイアが未来を?」
「ええ。私は、魔王様の宣言の瞬間を、事前に視ました」
だから、塔の攻略タイミングも、城への侵入時刻も、正確だった。
『千里眼』ではない。だが、二人揃えば、過去と未来を繋ぐ。
今は、マナ頼りの魔法も訓練すれば、『権能によって強化された魔法』を使えるかも知れない。
フレイとフレイア、北方の神話……温泉での、朝。双子……?
私は妙な引っかかりを覚えながら、魔王としての職務を果たす。
「それで、あなたたちの望みは?」
私は双子を見て、問いかける。
こんなに早く、攻略されるとは思わなかった。
この子達が望めば、エルドラドを解放し、魔王としての権力を明け渡さなければならない。
まだ『迷宮革命』……ダンジョンに挑むことによる、住民たちの成長を成し遂げていないのに。
双子はお互いを見合わせる。
フレイが、にやりと笑う。
「儂らの……」
フレイアが、真っ直ぐに私を見る。
「望みは……」
魔王を追い詰めた、勝者の笑み。
私は、玉座を降りる覚悟をした。
「「 魔 王 様 に 仕 え る こ と 」」
玉座の間に、奇妙な静寂が落ちる。
「……へっ?」
思わず、私の間の抜けた声が漏れた。
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