当て馬志願
仕事の予定が詰まっているパーシーは、リズノールに一泊もせずに帰って行った。
帰ってからもエノーラと連絡を取り合えるようにと、お互いの連絡先を交換してもらった。
私に贈るドレスを仕立てる、という共同作業を進めるうちに、自然と恋に落ちるだろう。
だって2人はこの物語のヒロイン&ヒーロー、運命の恋人なのだから。
パーシーとのお見合いの返事は、そのドレスを受け取るときに聞かせてほしいと、パーシーに提案された。
そのときにエノーラのことをどう思っているのか、こちらからかまをかけてみようと思う。
その頃にはきっと2人は両想いだ。
「申し訳ございません、実は……エノーラのことを好きになってしまいました」
「あらまあ。それは仕方ないわ。エノーラはとってもいい子だもの、好きになる気持ちは止められないものね。幸せにしてあげて。浮気しちゃ駄目よ」
うん、これだ。これで行こう。
脳内シュミレーションはバッチリだ。
そして二日後に『リズ姫の初恋』大使の2次選考会を控えた今日――……
「え、飛び入り参加ですか?」
トリスタン様に呼び出された私は、寝耳に水の報告を受けた。
「王都の公爵家から、令嬢を参加させたいと父に申し出があってね。付き合い上、断わる訳にもいかない。事後報告になってすまないが、明後日のコンテストにはそのご令嬢も参加する」
トリスタン様は浮かない顔で仰った。
「一次選考を経た者からすれば、そのような特別待遇はやはり不愉快だろうか」
清いトリスタン様らしく、それで気を病んでいるのか。
「そうかもしれませんが、王都の公爵家から直々に申し入れがあっては、そうするほか選択肢はありませんし……」
言いながらはっとした。
飛び入り参加を認めるだけなら、まだ公正と言える。
問題はその先だ。
「そのご令嬢が『大使に選ばれない』という選択肢もない、と……そういうことですね?」
王都に住む公爵家といえば、王族と血縁関係にあると推測できる。
つまり、ものすごい権力者なのだ。
そのものすごい権力者が、娘をコンテストに参加させたいと言ってきた、イコール、それはもはや「大使に任命してくれ」という頼みだ。
ハッキリと口に出して言わずとも、ものすごい権力者は娘がぶっちぎりで優勝することを信じて疑わないだろう。
公爵家の顔に泥を塗ることはできない。
「それは……仕方ないですね。領主様のご意向なら、仕方ないですよ。トリスタン様、仕方ないです」
何回「仕方ない」を繰り返すのだと自分でも思ったが、どうにもならないことというのは、権力社会では横行している。
コネだの圧力だののやり方はズルいと思うし、一次選考に挑んだ応募者たち――スザンナやエノーラの笑顔を思い浮かべると、全部何だったのだとやるせなくなるけど……仕方ない。
こういうことはままあるのだ。
私も貴族令嬢の端くれとして、その権力社会の一員なのだ。時には加害者だ。
そして視点を変えれば、王族に縁のある公爵令嬢が『リズ姫の初恋』大使となって、各方面へ広報活動してくれるというなら、それは悪い話じゃない。
むしろ有り難いお話かも。
いや待てよ、トリスタン様がこれだけ浮かない顔をなさっているのだ。
まさかそのご令嬢、すんごいデブスとか?
「あの、そのご令嬢はどのような方でいらっしゃいましたか。もうお会いしましたか?」
恐る恐る尋ねた。
「ああ。昨日こちらへ到着されて、ご挨拶したよ。なんというか、雪の妖精のような方だった。瑞々しい透明感があって、どこか儚げな、消え入りそうな美しさがあって……しかし話すととてもキビキビしていて、見かけよりずっと逞しそうだ。あのお方なら、リズ姫の初恋大使のイメージに沿うし、キビキビと任務をこなせそうだ」
何という高評価。すんごいデブスどころか、雪の妖精ときたか。
じゃあトリスタン様のこの憂えた表情って……えっ、まさか……恋わずらい!?
「じゃあ問題は何も……」
「いや、問題はある。彼女の飛び入り参加を伝えたところ、他の者が一斉に辞退を申し出てきてね」
「えっ、全員が辞退ですか!?」
「いや、スザンナと、男爵家のフィリス嬢が残っている。スザンナは元々受かるわけがないと思い込んでいて、エノーラの作ったドレスを観衆に見てもらえるなら満足だと言っているから、辞退はしないだろう。フィリス嬢は兄が説得している」
「そうですか……コンテストを開かずに公爵令嬢を不戦勝させる、という訳にもいきませんもんね……」
「ああ、そうなんだ。あくまでも公爵はご令嬢の『コンテスト参加』を望まれていらっしゃるだけだからね。大使に任命しろと仰っている訳ではない。出場者が全員辞退しては、コンテストが開催できなくなる。スザンナは出てくれるだろうが、スザンナしかいないというのもね」
「辞退は認めず、必ず出場するようにと、ご命令にしては?」
「強制的に出場させて、始める前から優勝者は別の人間に決まっているのに、それで良いのかと……正直とても嫌な気持ちがしている。スザンナ以外は領内の貴族だ。命令を出せば聞くことは分かっているが、出来レースの当て馬として出場させられるなんて、どう考えても屈辱でしょう。出来るなら、そんな命令は出したくない。志願して、屈辱を受け入れてくれるというなら、有り難いのだが」
心が綺麗だからこそ、甘いとマークス様に評されているトリスタン様。
こういうところが甘いのかもしれないが、お優しくて好きだ。
「では、わたくしが志願いたします」
「え?」
「当て馬に志願いたしますわ。元はと言えば、イチゴ大使という役を発案し、コンテストを開いて選出しようなどと、面倒なことを言い出したのはわたくしです。そのことでトリスタン様や皆様を煩わせてしまっている。責任を痛感しております。わたくしに出来ることなら、何でもいたしますわ。フィリス嬢も、わたくしが出ると言えばきっと出てくれます。優勝者は公爵令嬢に決まっていても、次点はフィリス嬢かスザンナですわ。わたくしをぶっちぎりの最下位に据え置いていただけば、フィリス嬢の面子は立ちます。きっと気分は良いでしょう」
「それではクレアが。君がそこまで泥をかぶる必要はない。そんなことはさせられない」
「泥をかぶる? いいえ、違います。わたくしはこの企画を円満に成功させたい、それが1番なのです。自分が成し遂げたいことのために、自ら考えて行動する。それだけです。誰かのためにではございません」




