兄弟愛
通りかかったメイドを呼び止めると、すぐにトリスタン様付きのフットボーイが飛んできて、トリスタン様を介助した。
後は彼らに託し、パーティーのお開きを待って、おいとましようとしたところ、トリスタン様のお部屋付きの従者がやって来て、引き留められた。
どうか今宵はお泊り下さいと言う。
「いえ、わたくしは」
「トリスタン様が明日、日を改めてお礼を言いたいと仰っています。それに明日の朝にはマークス様がお戻りになります。マークス様にご用があられるとお聞きしましたが」
あ、確かにそんなことを前にお伝えしたような。けどあれはマークス様付きの近衛兵ヘンリーにサリーのことを聞くための口実で、大した用ではなかった。
「どうか是非、明日お2人にお会いになってからお帰りください。子爵家には使いを出しておきますので、どうか」
トリスタン様から言い付けられたのだろう。引き止める従者に気迫を感じ、それではと一泊させてもらうことにした。
ちなみにあの商人と女性は、予定を早めて帰ったようだ。
私が阻止しなければ、あのままトリスタン様を介抱するふりをして強引に寝所に入り込んで、既成事実を捏造したかもしれない。
恐ろしいことだ。
良かった、たまたまあそこを通りかかって。
ゲストルームに泊まった翌朝は、他領からの客人と共に広間で朝食をいただき、それからトリスタン様の執務室へ招かれた。
「昨日はすみませんでした。悪酔いしたのか具合が悪くて、……貴女に助けてもらえて良かった」
本当に申し訳なさそうに眉を下げるトリスタン様は今日も神々しくお美しいが、心なし顔色が青く、やつれた感じがする。
儚さもまた美しさを引き立てるのだなと不謹慎にも見惚れつつ、心配になる。
「それほど飲んではいなかったのですが……」
「お疲れだったんでしょう。今日もゆっくりなされた方が宜しいかと」
「いや、もう大丈夫だよ。ありがとう」
「お言葉ですが、トリスタン様」と近くで控えていた従者が声を上げた。
「クレア様の言うとおり、今日は少し休まれてください。今日のご予定は、マークス様が代行してくださるそうですし……」
「大丈夫だと言っただろう。私より兄のほうが疲れている」
従者が口をつぐんだとき、部屋のドアが強めにノックされた。
「トリスタン、入るぞ。俺だ」
噂をすれば、だ。
返事も待たずに飛び込んで来たのは、怒ったような顔をしたマークス様だ。
触れたらすぐに切れてしまうナイフのように鋭く、美しい。
「何してるお前、今日は寝てろと言っただろ。あいつらなら別に案内してやらんでも勝手に観光するだろ。手土産渡して見送る役なら、俺でも十分すぎるだろが。それとも何だ、俺には任せられんと?」
相変わらず、いきなり攻撃的なスタイルだが、トリスタン様の身を案じていることは如実に分かる。
なかなか弟思いじゃないか。
ていうか、私の存在は視界に入っていないようで完全スルーだ。
「まさか。仰るとおり、兄さんでは十分すぎるんですよ。兄さんは兄さんにしか出来ない、すべき仕事をしてください」
「これだ。意地っ張りなお前を言い含めて休ませる、俺しか出来ない仕事だ。これ以上煩わせるな。怒るぞ」
もう怒ってるじゃん、とツッコミたいのは私だけか。
ていうか、ていうか。トリスタン様の「兄さん」呼びといい、このなんだか甘酸っぱさ漂う、兄弟愛の惜しみない披露――……前世で腐女子だった記憶はないが、萌えるというのはこういうことかと、何かが芽生えそうだ。危うい。
「ああ、それと!」と今初めて気づいたようにマークス様が突然こちらに向き直ったので、全身でびくっとした。
「お前、俺に用事があるそうだな。このあと一緒に来い」
「はっ、あっ、はい」
もう特に用事はないのだが、流石にそうとも言えず、トリスタン様に挨拶をして、慌ててマークス様の後を追った。




