意見交換会
手紙を送って半月後、スティーブンから返事が来た。
要約すると、了解しました、いい人が見つかって良かった、正式に婚約が決まったらまた知らせてほしいという内容だ。
出張中のせいもあるのか、あっさりとした手紙に拍子抜けしたが、これで良いのだと思い直した。
まもなくお兄ちゃまは出張から戻り、寮の食堂のマドンナ、サリーから愛の告白を受ける。
私との約束はもうない。迷わずサリーを抱き締めることができるだろう。
晴れて結ばれる2人。万々歳のハッピーエンドだ。
ため息ひとつ吐いて、気持ちを切り替えた。
明後日、トリスタン様にご招待いただいた商人たちとの意見交換会がある。
という名目とは別に、そこで良い独身男を見つけて唾をつけても良いとお膳立てしてくれている合コンでもある。
女性参加者は私1人。
選びたい放題!
……のはずが――
「そちらは?」
トリスタン様が問うと、銀髪に褐色の肌をした美女を伴った商人が答えた。
「彼女が着ているのは、うちが取り扱っている安価で上質な木綿で作ったホームドレスです。実際に身につけているところを見ていただきたく、同伴いたしました。商品として見ていただけましたら……駄目でしょうか?」
なるほど、商品をPRするためのモデルというわけね。ふむふむと、女性の着ているゆったりしたシルエットの生成りのワンピースを眺めた。
小花柄の刺繍がデコルテラインと裾に散りばめられていて、ロマンティックでガーリーな雰囲気だ。
それをいかにも純朴そうな少女が着ているのではなく、ミステリアスな雰囲気のすらっとした美女が着ていることで、より際立って映える。
なるほど、良い商品モデルだと素直に感心した。
そう思ったのは私だけではないようで、会の最中にモデルの彼女を気にして、チラチラ見ているゲストの多いことといったら――……正直いって私より注目されている。面白くない。
しかしその面子を見渡して、こちらが気を引きたいと思う相手も特にいなかった。
トリスタン様が仰った「若くて有望な見栄えも良い者たち」なのだろうが、何しろこの場にはトリスタン様がいらっしゃるのだ。
次元が違う美しさと高貴さ。他を圧倒している。
なんて罪深いお方なのだろう。
トリスタン様のせいで全て霞んでしまっている。
トリスタン様の放つオーラがあまりに輝かしくて、ここで浅ましく男漁りに精を出そうなどという邪念は浄化されてしまう。
というわけで、今回も私は完全に仕事モードだった。
他領の商人たちの話を拝聴し、参考意見に質問し、メモを取り、議論した。
『リズ姫の初恋』を今後売り出すにあたり、大変有意義な会合だった。
他領からの客人たちはこのあと伯爵家に泊まり、明日は観光をしてから帰るそうだ。
晩餐会となり、リズノール伯モーリス様と奥様、ご嫡男のクリストファー様とその奥様も顔をお見せになった。
クリストファー様の奥様はご体調が優れないということで挨拶をしてすぐに引っ込まれたが、クリストファー様の目にとまってしまい、しばらく話し相手を務めさせていただいた。
ふんわりした柔らかい空気のトリスタン様とも、トゲトゲした冷たい空気のマークス様とも違い、クリストファー様は緊張感のある重厚な空気をまとっておられる。
よってとても緊張するし、不祥事を起こして罰を受けた子爵家の娘としては、やはり肩身が狭い。
苺増産プロジェクトに対する労いの言葉をいただき、婿取り問題を心配され、平身低頭に恐縮した。
クリストファー様が去るとほっとして、手洗いに行きたくなった。
パーティー会場を出て通路を行くと、窓際の休憩場所にトリスタン様と商人の1人と、商人が連れてきたモデルの女性がいるのが見えた。
何か込み入った話をしているのなら、邪魔をしないほうが良いだろう。でも用は足したいし、さらっと会釈して通り過ぎよう。
そう思ってなるべく静かに近づいていくと、どうやらトリスタン様が酔っていて、2人が心配している様子が分かった。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫です……そんなに飲んでいないんですが、急にくらっと……」
「ラドミラ、トリスタン様を部屋までお連れ差し上げなさい。手厚い介抱を」
「結構です。その辺りでうちの使用人を呼んでもらえれば……」
「いえ遠慮なく。このラドミラの着ているワンピースを、どうか寝所で脱がして手触りを確認いただけませんか。最高な触り心地ですよ。裏地も、下着も、中身もぜひ堪能いただければ……」
ちょっ!
ちょっとお前らぁ!と怒鳴りつけそうになったのは堪えたが、気付けばがんっと2人の座っているソファーの背を蹴り飛ばしていた。
私の存在に気づいていなかった2人は、びっくりして飛び上がった。
「あら、ごめんなさいっ、ぶつかってしまいましたわ」
ニコリと笑ってみせたが、多分鬼の形相をしている。
「トリスタン様! あちらでクリストファー様がお探しでしたよ。わたくしと一緒に来るようにと。行きましょう。お立ちになれますか?」
手を差し伸べると、顔を上げたトリスタン様は本当に具合が悪そうだったが、しっかりと頷いて、私の手を取った。
「ありがとう、クレア」
一瞬耳を疑った。トリスタン様が「クレア」と私の名前をお呼びに。いつも「あなた」と、人に紹介するときには「クレア嬢」と他人行儀な呼び方だったのに。
と思わず感動している場合ではない。早くトリスタン様をきちんと休める場所へ。
とその前に、
「枕営業で売れたところで、商品価値を自らの手で地に落とすことになりますわよ。無論このお方には通用いたしませんが。高嶺の花を舐めんなよ」
低く押し殺した声で、女性を斡旋しようとした商人に耳打ちした。
トリスタン様を冒涜する者は絶対に許さんマン、ここに参上だ。




