失恋の味
スティーブンお兄ちゃまの恋が実り、お兄ちゃまが幸せになるのは嬉しい。
嬉しいけれど、胸にぽっかりと穴が空いたような寂しさを感じる。
ああ、とうとう失恋した。
婚活に精を出すふりをして1年を過ごせば、「もしものために後ろに控えている」と言ってくれたお兄ちゃまと、やむを得ず結婚できる。
それもありだと考えていた。いや、むしろそれがいいやと思っていたが、その線は完全に諦めよう。
だけど生真面目なスティーブンのことだ。
意中の女性が意を決して告白してきたとしても、私との約束が念頭にある限り、断るに違いない。
スティーブンが出張から戻ってきたら、サリーへの告白を焚き付けようと思っていたが、予定が変わった。
戻って来る前にスティーブンに手紙を書こう。
他に良い人が見つかったから、もう保険は必要ないと。
そう伝えて、解放するのだ。お兄ちゃまは自由に好きな人と付き合えばいい。
おめでとう、お兄ちゃま。
寂しくて心からの祝福は出来ないけれど、今までの罪滅ぼしというか、恩返しというか、私からの感謝の気持ちよ。
――さようなら、お兄ちゃま。
可愛らしいサリーとお幸せに。
「クレアさまっ、このケーキほんっとうに美味しいですねっ! かかってるソースは苺ですね。さすがリズノールの苺は、んーまいっですね!」
私の傷心などお構いなく、眼前ではグローリアがもぐもぐとケーキを頬張っている。
3日間の見習い労働の対価でオーダーした、わりと値の張るケーキだ。
「クレア様はお口に合わないのですか? 残されるんでしたら、いただいても宜しいですか? これめっちゃ美味しいですよー!」
「食べるわよっ。そんなに前のめりにがっつかないでちょうだい、恥ずかしいわね。そんなに気に入ったのなら、もう1つ頼んであげるわよ」
「ええっ、なんと! もう1個食べて良いんですか!? クレアさまっ、嬉しいです! ありがたき幸せっ。お優しくてお美しくて、私の御主人様は最高ですね!」
歯の浮くような台詞でおだてるグローリアの調子の良さには呆れるが、脳天気な明るさに救われる。
グローリアの食欲に負けじとフォークを伸ばした。
本当に美味しいケーキだった。ふんわりしたスポンジに甘いクリーム、砂糖菓子のデコレーション、苺ソースがかかっている。
甘酸っぱくて、ホロリとした気持ちになった。失恋の味だ。
まだ見ぬ『リズ姫の初恋』に思いを馳せた。
苺を使ったスイーツを特産品として売り出す、というアイディアはやはり良い気がする。少し日持ちするように加工すれば、需要が広がりそうだ。
トリスタン様に会ったら提案してみよう。そういえば、今度商人たちとの意見交換会があるから是非来てほしいと、お声がけ頂いてたな。
若くて有望な他領の事業家を招くから、そこでお婿さん候補と出会えるかもしれないと。
あまりアテにはしていなかったけれど、スティーブンとやむを得ず結婚するというルートが消滅してしまった今、真剣に婿探しをしないといけない。
パーシーとは従兄弟の顔を立てて一応お見合いをする予定だけど、断るつもりだし。
トリスタン様がセッティングしてくださるその合コンに、いっちょ期待してみようかしらね?
どうか私を気に入ってくれる、理想の王子様と出会えますように。
このぽっかりと空いた胸の穴を埋めてくれる人が現れますように。




