乗り合い馬車の駅にて
先輩方をじっと観察していると1人と目が合った。
「何あれ、もしかして睨んでる?」
「こっわ」
食べ終わったトレーを手にして席を立ち、自分で洗って返すことというルールを守るべく厨房へ向かう前に、先輩方の前に立った。
「お先に失礼します。明日もご指導のほど宜しくお願い致します」
トレーを片付けエプロンを外し、事務室に挨拶をしてから外へ出た。
食堂責任者のベックリーさんは食材業者との打ち合わせで外出中とのことで、今日は顔を合わせていない。
あー、なんか思ってたのと違う。
もっとキラキラした感じで、新米だけど頑張りますー!って飛び込んで、大変だけど一緒に頑張ろうねって歓迎してもらえるかと思ってたのに。
その過程で件の女性とも仲良くなって、スティーブンのことも聞き出せると思ったのに。
現実はそんなに甘くなかった。
何もしていないのに、むしろ私としては結構頑張ったのに、貶され、嫌われ、悪口を言われ……
女だけの職場ってマジ面倒くさいのね。
歩くほどに疲労感が増し増しで襲ってくる。
警ら隊の宿舎近くには、乗り合い馬車の駅がある。2時間ごとに市街地と往復しているのだ。
とりあえず市街地まで出て、そこでまた辻馬車を拾って家に帰る。
乗り合い馬車の駅でぐったりして待っていると、
「お疲れさま」と明るい声がかかった。
振り向いてびっくりした。
件の彼女が立っていたからだ。
ふわっとした赤毛をなびかせ、肩から鞄を下げている。くりっとした目でニコッと笑った。
「私も帰るところなの」
「えっ、早いですね」
「今週は早番で、早上がりの週だから。順番で早上がりの週があるのよ」
「そうなんですね」
思いがけない遭遇に焦り、場当たり的な会話をした。
これはチャンスだ! この機会を逃してはいけない。
「先輩もこの馬車に乗るんですか?」
「ええ。先輩って呼ばれるの照れるわ、サリー・ローズよ。サリーって呼んで」
サリー・ローズ、可愛い名前だ。
「初日は疲れたでしょう。何もかも初めてだものね、気疲れもするし。お疲れさま」
「ありがとうございます。私はもっと出来るはずって思ってたのに全然駄目で……要領悪くて先輩方をイライラさせちゃうし、やってける自信がないわ」
「みんな最初は同じよ。何とかかんとかこなしてるうちに、何とかなるものよ。タマーラさんは……タマーラって呼んでもいい?」
「ええ」
「タマーラは綺麗だから特に風当たりが強いかもしれないけど、辞めないで続ければ認められるわ」
継続は力なり、か。励ましてくれるサリーには悪いけれど、元々続ける気はないのだ。
それよりも大事な目的がある。
この人から何とかお兄ちゃまへの気持ちを聞き出さなくては。
それにしてもいい人だな、と思った。
どうせ3日で辞めそうな、初日から皆に嫌われた新人に、わざわざ声を掛けてくれるなんて。
見かけてもすっと距離を取って、気づかないふりをする人が大半じゃないだろうか。
「サリーもそういう経験があったりするの? その、警ら隊員から特別に気に入られたりして、冷やかされたり妬まれたり。ありそうだわ」
会話の流れが良かったので、ずばり斬り込んでみた。
「えっ。ううん、ないわ。私はタマーラみたいに美人じゃないもの。隊員に特別に気に入られることなんて全くないわよ」
さらりと嘘をついてかわすサリーは全く嫌味も感じさせず、デキた大人だなと思った。
「そうかしら、サリーは男の人が好きそうなタイプだわ。絶対モテると思うわ。こうやって新人を気にかけてくれて、優しいし。カウンター担当を長くやっていると、警ら隊員とも親しくなるんじゃなくて?」
グイグイ押してみると、やはり思い当たることがあるような表情をしたサリーは、曖昧に笑った。
「そうねぇ、まあそれなりに話す間柄にはなるけど、別にモテてるわけじゃないわ。でもアレコレ言われるのが嫌だから、今は上手く距離感を保つようにしているの。そういうのも『慣れ』よね。長く続けてると身に付くわ。大丈夫よ」
待っていた乗り合い馬車が到着し、サリーと一緒に乗り込んだ。




