嫌われる才能
食堂はちょうど従業員たちの休憩時間だった。
朝昼晩の食事の時間帯は当然忙しく、その合間に休憩を取るらしい。
24時間体制で働いている警ら隊は、交替制勤務のため、食堂も朝昼晩と稼働している。
見習いアルバイトは、試用期間中は日中の4時間だけの勤務だが、本採用されると交替制の約12時間労働となるらしい。
12時間労働って!
さすが労働基準法の無い世界とおののいたが、前世の社畜だった頃と照らし合わせると大差なかった。
朝8時に出社して、夜8時に退社。まあそんなものか。
仕事柄出会いがないという警ら隊員だが、食堂で働く女性も同じように、出会いの場が少ないのかもしれない。
生活のほぼ大半が仕事で占めているのだから。
食堂の責任者だというベックリーさんの説明を聞きながら、罪悪感で胸がチクチクした。
3日間の試用期間が終われば辞めると心に決めている不届き者のために、貴重な時間を割いてもらって申し訳ない。
ただ、試用期間中の報酬は正規の半分で、とても少ない。
せめてそれ以上の働きをしようと、胸に誓った。
「じゃあタマーラ・フィッシュバーンさん。さっそく明日から来れるのね? エプロン忘れないでね、よろしく」
でっぷりと太った、肝っ玉母さんという雰囲気のベックリーさんがにかっと気取らない笑顔で言った。
翌日から本気で目まぐるしかった。
一応貴族令嬢だ。身分を偽って潜入している身としてはあまり目立ってはいけないと思い、裏方を希望したのだが、厨房は戦場だった。
ド素人でも出来る仕事として、ランチメニューの付け合わせのサラダを盛り付ける役目を任されたが、私の手際の悪さと言ったら――
「ああっ、もうそんなお綺麗に盛り付けなくていいからっ。とにかく早くしてっ」
「あらやだ、トマトが足りないわね。何個か切ってストックしておいて。輪切りねっ」
ビシバシ指示が飛んできて、モタモタしていると睨まれる。
「何この輪切り、不っ細工ね」
「ろくに家事したことないんじゃない」
お昼の繁盛する時間帯を過ぎ、やっと一息つけた頃には心身ともにクタクタだった。
賄いのお昼ご飯を食べてから帰ることと最初に聞いていたので、がらんとした食堂の片隅に賄いのトレーを持って腰を下ろした。
違う席にはグループが3つ分かれて座っている。
さり気なく観察して、件の女性と思わしき候補を見つけた。
警ら隊員と対面して話をするのだから、裏方の厨房ではなく、カウンター担当なのだろう。
厨房では見ていない顔だ。
「若くてとても可愛い女性」とヘンリーが言っていた。
うーん、この中だったら……あの娘かなーという、正直言って消去法だ。
あっちのグループは少し年齢層が高いし、「若くて可愛い」となるとあの娘なのかな……。
うん可愛い、きっと並より可愛い。ただ化粧っ気がなくて、後ろで髪を一結びにしてて、地味なエプロン姿だからパッとしないだけだ、うん。
件の女性を遠巻きに眺めながら、複雑な気持ちを噛み締めた。
何であの娘なのよ!?
もっとこう、見るからに「ああ、あの娘なら敵わないな」と納得できるなら良かった。
正直言って、見るからに野暮ったい。
つぶらだがくりっとした茶色い目と、小さくて丸い鼻先と少し高めの頬骨が、愛嬌があって可愛いと思えなくもないけど。
髪の毛は赤茶でふわふわとした、猫毛っぽい。雰囲気も柔らかくて、優しそうだ。
ああそうか、とりあえず私とは「全然違う」んだ。私とは全く違うタイプの女性を、お兄ちゃまは好きなんだ。
それが分かっただけでも納得だ。
「今度のほんと使えないわ〜」
「どうせ男目当てよ、これ見よがしにでかい胸して」
「どうせ3日も続かないわよ」
違うテーブルから、分かりやすく私の悪口が聞こえてくる。
悔しいが全部当たっているので仕方ない。
スティーブンお兄ちゃまの恋を実らせることを目的に入りこんできた私は、全く使えない見習いだし、3日で辞める気満々だし。胸は言いがかりだろと思うけど。
けど初っ端からこんなに嫌われていたら、あの目当ての彼女に近付いて仲良くなるなんて無理じゃない!?
厨房とカウンターで持ち場が違うし、もし一緒だったとしても仕事中は私語する余裕がない。
そして休憩中にはハブられて悪口を言われている私と、あえて親しくなりたいと思う人間はいないだろう。
どうせすぐに辞める奴と思われているし、その通りだし。下手に関わって、彼女に迷惑がかかるのも嫌だしなあ。
さて困ったな、どうしよう。




