苺ハウス完成見学会
まずは件の女性について、もっと情報を集めないと。スティーブンには知られないように。
そう考えると妥当なのは、もう一度ヘンリーに会って話を聞くことかなと思った。
マークス様付きの彼に会うには、マークス様を訪ねて行くのが良いだろう。
パーシーとの縁談の件で確認を取りたいこともあるし、それを口実にお会いできないかしら。
そう考えていた矢先、トリスタン様から呼び出しがあった。
苺増産プロジェクトの件でだ。
お父様が隠居勧告を受け、職務を放棄しすっかり引きこもりになってしまってからも、プロジェクトは着々と進行している。
元々お父様はお飾り職で、実務は他の人たちがしっかりこなしているからだ。
そしてこの度とうとう1軒目の苺ハウスが完成したという連絡だった。
現地を見学して、感想や気付いた点、改良点などがあれば教えてほしいというご依頼だ。
自分のアイディアが、人々の協力によって形となった。それを実際にこの目で見られるなんて! 興奮する。
久しぶりに高揚した気分で、迎えに来て下さったトリスタン様の馬車に乗って出かけた。
農業部門の責任者、ベンジャミン・ユーイング――ベンも一緒だ。
「お久しぶりです、クレア様。覚えてらっしゃいますか。以前苺農家の説得の件でお世話になった、」
「ええ勿論よ、ベン。お元気そうで何より。父のことでは各方面へ多大なご迷惑、ご心配をおかけしました。本当に申し訳ございませんでした」
「ああそんな、クレア様。頭をお上げ下さい。迷惑だなんてちっとも。ちょっと驚きはしましたが。お家のことでお忙しい中、来て下さって嬉しく思います」
ベンがそう言うと、恐縮したのはトリスタン様だ。
「だよね、すまない。苺ハウスの完成に興奮してしまって、これは是非あなたにも見てほしいと、あなたの都合もお構いなしに呼んでしまった」
「そんなっトリスタン様。お声がけ頂いてとっても嬉しいです。だって私も大興奮していますもの。こんなに素敵なハウスを目の前にして、大興奮していますわ。ほんっとうに嬉しいです! ありがとうございます」
前世で覚えのある苺栽培のためのビニールハウスを模倣した、新しい小屋。
簡単に組み立てられる細い鉄パイプもビニールも存在しないこの世界では、普通にレンガ造りのガラス窓の小屋だ。
それを苺栽培のために建ててほしいと言ったとき、採算が取れるはずがないとお父様には一蹴されたが、トリスタン様は面白いアイディアだと買って下さった。
このどっしりとした造りの苺ハウスなら、何十年と使えるだろう。
苺は毎年収獲できる。ここで作る苺にはうんとプレミアを付けて、高く売ってやる。
「中に入っても宜しいですか?」
「ああ勿論」
私の大興奮ぶりに気圧されたのか、一瞬ぼうっとしていたトリスタン様が、はっと表情を戻した。
「どうぞ。少し足元が悪いから気を付けて」
すっと手を取ってエスコートされる。
畑に来るため、泥汚れに強いブーツは履いてきたが、このトリスタン様のスマートさは流石だ。
外見はそっくりなお兄様とは大違いだ。
一通り苺ハウスを見学し終え、感想や今後の見通しを話し合って、見学会を終えた。
ベンと別れ、送りの馬車の中で2人きりになったとき、トリスタン様が仰った。
「次期子爵の件だが、兄から聞いたよ。幼なじみで警ら隊の彼とは、恋仲ではなかったんだね。兄の勘違いだったってね」
「はい……。紛らわしくて申し訳ございませんでした」
「やだな、そんなことで謝らないでよ。あなたは何も悪くないでしょう」
トリスタン様は眉を下げて、困ったように微笑した。
どの表情もいちいち絵になる。お美しく、聡明で、お優しいトリスタン様――…
『トリスタンは無理だぞ、諦めろ』
マークス様にピシャリと言われたことを思い出した。
ええ、重々承知しております!
トリスタン様は高い高い崖の上に咲いている高嶺の花だ。
気品溢れる高貴な花。
下の方から崇めて、ほうっと見惚れるだけで満足。決して手に届かない、だがそこがいい!的な。
今日も今日とて完璧ですわ、トリスタン様。と胸のうちで大絶賛していると、
「それでね、もし良かったら今度会合に出てほしいんだけど」
と仰った。
「会合?」
「年に数度、商人たちと意見交換会をするんだけど、『リズ姫の初恋』を売り出すに当たって、彼らの意見も聞きたいと思ってね。各地への販売ルートを持っている者もいるし」
「なるほど、それは良いですね」
「っていうのは勿論本当なんだが、別の意味でも是非あなたを誘いたくて」
「えっ!?」
思わず声を上げて驚いてしまった。
え、それって……個人的に…
「というのも、その会合に出席するのは、若くて有望な事業家が多くてね。見栄えが良い者も多い。だから余計なお世話かもしれないが、出会いのきっかけの1つとしてどうかなと思って……他領の客人も多いし」
お、おおぅ。
つまりアレですね、合コン!
しかも女性参加者が私だけなら、選び放題じゃん!
スティーブンに振られたことを多分マークス様からお聞きになって、しかも自領の社交場での私の不人気ぶりもご存知だからこそ、気を使って下さったのだろう。
なんてお優しいトリスタン様。
でもいくらこちらが選び放題でも、先方に気に入られる自信が皆無です。
合コンを設けてくれるより、トリスタン様が個人的にデートしてくれる方が嬉しいです。
とも勿論言えず、うやうやしく頷いてトリスタン様に感謝の意を表した。




