タイミング
「あの、次期子爵候補の条件に関して、マークス様にお聞きしたいことがありまして……」
「兄に? 兄は仕事でしばらく城に戻らないんだ。急ぎかな?」
「いえ、特に急ぎでは。以前トリスタン様も仰ってましたよね。もしスティーブンが子爵位を継ぐなら、現職の警ら隊員の仕事は辞めなくて良いと。もし他領の事業家がうちの婿となった場合も、本業はそのままで良いんでしょうか? 兼業というか、家業に専念しても」
仮にパーシーと結婚した場合を想定する。
お母様が言っていたように、ほぼうちへ帰って来ない子爵でも良いのだろうか?
トリスタン様は少し思案して、ゆっくり頷かれた。
「そうだね、それで良いと思う。失礼を承知で言うが、これまでの子爵も肩書だけの長官職で、実際の仕事は何もしていなかったからね。新しい子爵に引き継いでもらわなければ困るという業務はない。事業家ならその本業をしっかり回してほしい。肩書だけの職に胡座をかいて、賄賂や接待に溺れて、挙げ句に詐欺に引っかかる、そういう人物でなければ良いと思う」
お優しい顔をして、なかなかズバッと仰るトリスタン様に胸をえぐられた。
「はい。お答えいただきありがとうございます。念頭に置いて、良い相手を選びたいと思います。必ずしも副業が公職に反する訳ではない、ということですね」
「ああ。元々本職が別にある者ならね。新たに副業をする場合も、父に相談があればまた違っただろうね」
そうか、お父様が1番駄目だったのは、領主様へ何も相談しなかったことなのだ。
こっそり楽に大儲けしよう、と思ったのが裏目に出た。
家に戻ると、留守の間にスティーブンが私を訪ねて来ていたことをお母様から聞いた。
タイミングの悪さに唇を噛んだ。
お兄ちゃま〜会いたかったのに!
「仕事で1ヶ月、リズノールを離れるそうよ。王族の式典のお手伝いに駆り出されるそうよ。急に決まって、伝えるのが間際になって申し訳ないって。慌てた様子で知らせに来て、相変わらず律儀な子よねえ」
そんなぁ〜お兄ちゃま。そろそろ急務も落ち着いてきた頃かしらと思っていたのに、それまた急な話だ。
また1か月は会えないことが確定してしまった。
「クレアのことは心配ないから、頑張ってらっしゃいって言っておいたわよ。あなたのことを随分気にしてたから、今日は領主様のご令息とデートに出かけてて、再来月には他領のブルジョワ2世とお見合いだって伝えたら、それは良かったって」
お母様! なんて余計な情報を!
「違いますわ、お母様。今日は苺ハウスの見学会とお伝えしましたでしょう。デートではありませんわ」
「あら、似たようなものじゃないの。ウキウキして出かけたくせに」
う。それを言われると耳が痛い。
確かにウキウキして出かけた。遂に完成した苺ハウスを見られることと、トリスタン様にお会いできることが嬉しかったから。
トリスタン様への憧れは、スティーブンを好きな気持ちとはまた全然別物で、アイドルを崇めるファンのような心境であるが、これも浮気なんだろうか?
ていうかお兄ちゃまにはとっくに振られているんだけど。
そしてトリスタン様にも全くそういう対象に見られていないんだけど。
「なに変な顔をしてるの。せっかくの美人が台無しよ」とお母様が仰った。
「そうそう、ハーマンのお友達のワイズさん、金髪碧眼の爽やかな好青年だそうよ。クレアの好きそうな。絵本の中の王子様のような方よ、きっと」
知っている。実物に会ったことはないけれど、前世で読んだもの。
この物語のヒーロー、パーシヴァル・クラレンス・ワイズは、金髪碧眼の爽やか好青年だ。私の好きそうな。
金髪と一言で表しても、色んな金髪がある。トリスタン様、マークス様はピンクがかったピンキッシュブロンドだし、お母様は蜂蜜色のハニーブロンド。
そしてパーシーは砂色に近い、サンディブロンドだ。瞳の色は緑がかった蒼色だ。
落ち着いた知的な印象のルックスだが、好奇心旺盛な少年っぽさを持つ、はつらつとした好青年。
そりゃ物語のヒーローだもの、魅力的な人物に違いない。
だけど浮気しちゃうんだよね〜。
事業を大きくするため、爵位と貴族のコネクション欲しさに、悪名高い子爵令嬢家に婿入り。
愛のない結婚で別居生活を送る中、田舎から出てきたばかりの純真なヒロイン、エノーラと運命的に出会い、恋に落ちるのだ。
妻をないがしろにすることが既定路線の夫とのお見合い。
これほど気乗りしない話はないのですわ、お母様。




