悪役令嬢の打算
帰宅すると、どこへ行っていたのかとお母様に聞かれた。
「スティーブンと会って来ると、お伝えしていたはずですが……」
「ああ、そうだったわね。で、あの子何て? 喜んでうちの婿になるって? それにしても、あの子が領主様からの覚えが良かったとは、全然知らなかったわね。直々の推薦とはねぇ。どういうツテがあったのかしら」
隠居候補先の資料に目を落としながら、お母様はまるで他人事のように仰った。
「そのことですがお母様。スティーブンと話し合った結果、スティーブン曰く、もっと他に良い人がいるだろうって……」
「そうね。私もそう思うけど、領主様の推薦があるんじゃ、仕方ないじゃないの。良いんじゃない、あの子で。真面目で優しいし、面白みと華はないけど、なかなかの男前よ」
そうですわお母様。私もそう思うけれど、当のスティーブンがそれで良しとしないのだから、仕方ないのです。
「領主様の推薦ではないんです、お母様。ご令息のマークス様が、私とスティーブンの仲をどうやら誤解されて、気を利かせてお膳立てをしてくださったようなのです。でも実際の私たちは特別にそういう関係ではありませんから、誤解だとお分かりになれば、わざわざスティーブンを推薦することもないでしょう。ですから、明日マークス様のところへ出向いて、誤解を解いて参ります」
「あら、そうなの?」とお母様が顔を上げた。
「じゃあ何、クレアのお婿さん選びは振り出しに戻ったってことね? スティーブンじゃなくてもいいのね? あらやだ、じゃあ貴女どうするの? 1年以内にって……やだもう、ノンビリしてらんないじゃないの。ちょっとニコライ、ニコライはどこかしら……」
急にバタバタし始めたお母様を尻目に、自室へ引きあげた。
あの様子では、大慌てで婿入り候補の募集をかけるのだろう。貴族間の縁故を頼りに。
だけどお母様、きっと取り越し苦労に終わりますわ。
慌てて募集して良い人が名乗り出るくらいなら、これまでに既に仲良くなっていても良いはず。
13歳で社交界デビューを果たし、精力的に婚活に励んでいた時期もあったというのに、婚約者はおろか恋人も得られなかった私は、軽く事故物件である。
そもそも親子揃って社交場での態度が悪かった。
格上の貴族には媚びへつらい、格下と見なした者には横柄な態度。辛辣な暴言を吐くこともあった。
トリスタン様やマークス様には全く相手にされず、自分より下だと見なした娘の方が皆からモテていたりすると、腹が立って陰で嫌がらせに及んだ。
そりゃ嫌われるし、悪評も立つわと自分でも納得だ。
グローリアの前に来たメイド2人にも、ひどい態度を取って辞めさせてしまったし。
お父様はお父様で、「強欲ぐうたらじじい」として悪名高いし。
便宜を計るよう頼まれればまずは賄賂を要求し、実際に働くのは部下で、本人はだらしなく寝ているか、酩酊するほど飲んだくれているか、博打で負けているか、のどれかだ。
そしてお母様は家族に無関心で、自分と娯楽を愛する散財マダム。
こんな家に婿入りしたいと思ってくれる人がいるとしたら、それは『逆玉の輿狙い』しかいないと思う。
平民や格下の貴族からすれば、「子爵」の爵位が継げるのは夢のようで、子爵家には当然多くの財産があると考えるからだ。
でもこちらはこちらで、格下ではなく格上狙いで、逆玉の輿狙いの輩は嫌悪して、塩対応してきた。
そうした結果、これまで良い縁には一度も恵まれなかった。
でも私はまだ若い。
焦ることはないとお父様もお母様も仰って、それもそうねと私も余裕ぶっていたのだ。
そのしわ寄せがいま来ているのだと感じる。
『子爵家が特別な事情で急きょ婿を必要としていることを聞き知れば、名乗りを上げる者も出てくるはずだ。よく吟味して――ああでも、少しの妥協も必要だとは思うが、いい人をお選び』
スティーブンの助言が頭をよぎった。
お兄ちゃまはいつだって正しいことを言ってのける。
ねえ、お兄ちゃま。少しの妥協……って一体どのくらい?
本当は妥協なんてしたくない。
理想を曲げずに、結局誰とも上手く行かずに、それじゃあ仕方ないねってお兄ちゃまが責任感を発揮して結婚してくれる……そんな1年後も有りだなと思ってしまうの。




